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ショートショート⑮食育プロジェクト

「小屋で飼っていたピーちゃんですが、昨日無事に出荷されました。職人さんに調理してもらって、今度給食で食べるからな」

5年1組の教壇に立つ笹崎は、子供たちを前に毅然とした態度でそう言ってのけた。
ピーちゃんとは、この小学校で飼育していた豚のことだ。食教育の一環として始められたこの「豚飼育プロジェクト」は、笹崎が率いるクラス5年1組が率先して協力してきた。

ピーちゃんを食べるか、食べないかの議論においてクラスの生徒たちは揉めに揉めた。

「食べるなんてかわいそうや」
「でも肉なんか毎日食べてるやん」
「ずっと育ててきた豚は別やろ!」

笹崎はあくまで傍観者だった。決めるのはあくまでずっとピーちゃんの面倒を見てきた子供たちだ。

白熱した議論の末、それまでずっと眠っていた、クラスの不思議キャラ青波時生の「違う豚肉と混ぜて料理されれば、気兼ねなく食えるんじゃない?」という一声により、議論は収束へと向かった。

ピーちゃんは、その他もう一頭の豚と共に調理され、生姜焼きとなって5年1組の教室に帰ってきた。いつもは騒がしい給食の時間だが、この日ばかりはやはり皆言葉が少なかった。

「豚だけ食べるのは不平等じゃない?」と、口を開いたのはクラスの天才キャラ、壺沼敬だった。

笹崎は箸を止め、もう一度彼の言葉を吟味した。「豚だけ食べるのは、不平等」。確かに、そうかもしれない。

「壺沼くん、他に食べれる動物なんか、もうこの学校におらへんで」
「おるやん。ウサギ」

クラスがドッと沸いた。笹崎もつい吹き出してしまった。
「ウサギなんか食べられへんわ」「あんなに可愛いのに何考えてるん」

壺沼に向けた一斉攻撃が始まったが、それを止めたのはまたしても不思議キャラ青波だった。
「美味しいで。ウサギ」

ウサギって美味しいのか?

「青波くん、食べたことあるん?」
「うん、家族でヨーロッパ旅行行った時に。向こうでは普通みたいよ」

クラスに再び訪れる沈黙。ウサギを、食べるのか?

「確かに、豚だけ食べるっていうのは不公平かもな。笹崎先生、学級委員会で話し合ってみたら?」
と、口を開いたのは校長だ。実はこの食育プロジェクトの終末を見守るためにずっと教室にいた。

ウサギの染太郎を食べるか食べないかの議論はそれほど難航しなかった。
特に発言が多かったのは、クラス唯一の食兎経験者青波だった。青波は家族の知り合いにウサギを上手く調理できる料理人がいるだとか、ヨーロッパでの通な食べ方をみんなに力説していた。

結果的にウサギの染太郎はソテーとなって教室にやってきた。

クラスの過半数の票を得て調理された染太郎だが、やはりいざ食べるとなるとみんな躊躇してしまう。
ここは俺が先陣だと言わんばかりに、笹崎はこんがり焼き上げられた染太郎の肉を食らった。

その刹那、彼の脳に稲妻が突き刺さる。
この世にこれほどまでに美味しい肉が存在していたとは。
美味い。美味すぎる。なんだこの食べ物は。
笹崎は生徒たちの分も思わず食べてしまいそうになったが、それは一教師としての彼の良心がストップをかけた。

その日の放課後、彼はスマートフォンでウサギを扱っているレストランを探した。しかし、ない。全くないのだ。

それから1週間後、春休みを利用して彼はヨーロッパへ行った。本場のウサギ料理を堪能するためだ。7泊のイタリア・スペイン・マルタ滞在で彼は20食ものウサギ料理を堪能した。

「この学校は食育教育に力を入れているとお聞きしました」
「ええ、その通りです。委員長。あくまで食べるか食べないかを決めるのはの生徒に任せておりますが」
「うわー、ウサギがたくさん。こんなにいたら飼育が大変でしょう」
「そうですね。今年度から、全国から集めて保護してきたんですよ。でも、ウチの笹崎っていう教員がやけに張り切って毎日面倒見てくれてます」

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