2007年トリップ体験記

「もっと忙しくしないと壊れてしまう」と思ったりもする。

感傷的になったら、一気に持っていかれてしまいそうなことが相次いでる。個人的な話も仕事の話も人生の話もだ。

ターニングポイントに来ているのだろう。守りに入ったら人生を続ける意味を取り戻せない気がする。攻めに転じないとならない。

2006年の年末を思い出す。僕が一人暮らしを始めた年だった。あの年は堀江貴文が逮捕されたり、インドでテロがあったりとリーマンショックの夜明け前の匂いがした。

大晦日、後輩とラリりながら過ごしていた。
抗うつ剤と睡眠剤とウイスキーで合法的に楽しくなっていた。

「年末だ。派手にやろう」と普段よりも強烈にラリっていたのをよく覚えている。

ラリり仲間たちと、数軒の心療内科を巡って処方箋をかき集めていたせいで、うちにはそこそこの量の錠剤があった。北新地で売れば、ある程度の金額になったのではないだろうか。ヤクザにシメられてしまうし、なんだか金にも興味が無かった。

錠剤をガリガリやりながら、ジャックダニエルを飲んでいると、すぐに効いてくる。何もかもが面白くなって、くだらない話でゲラゲラ笑い合った。

いてもたってもいられず、僕たちは外に出た。寒いが、噴水のように分泌されたアドレナリンのおかけで気にもならない。

二人とも瓶に口を付け、ストレートで40度の酒をグイグイ飲んだ。

後輩は17歳だったが、中々酒が飲めるやつで気が合った。
ラリ中には案外、下戸が多い。アルコールは無理だが、やつらも酩酊は欲しいので、錠剤をやるのだ。

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僕たち二人はヘロヘロになりながら、何度も転んだ。だけどアドレナリンが騒いでいるから痛くも痒くもない。

後輩が転んだ際に、ジャックの瓶を割ってしまい、キラキラした粘る液体がこぼれた。

勿体無くて、二人でコンクリートを舐めた。それがおかしくて、またゲラゲラ笑っていた。

どんどん気が大きくなっていって、攻撃的にもなっていった。

クスリには大脳新皮質なんかの人間の脳の新しい部分を麻痺させる機能がある。猫にシャブを打つと、小さい猫を共食いしてしまうぐらいだ。

十三をウロつく外人に「Fukin' New Year!Kill you!」と片っ端から喧嘩を売った。引く外人もいれば、胸ぐらを掴んでくるのもいた。

殴りかかるも、二人ともヘロヘロなのですぐにやられてしまう。僕たちは食い殺される猫みたいだった。
でもそれもまた面白かった。頭の中がハイになりっぱなしで最高な気分だった。

今の不安は、あの夜の翌日に似ている。

起きたら1月1日の23時だった。何時間眠っていたのか。

起きた瞬間に沼の底にいるような気分だった。

錠剤を20錠ぐらい飲んで、ウイスキーをラッパ飲みしていたツケはハンパなかった。素人なら死ぬ量だろう。

あのとき、僕はひとがシャブ中になっていくの過程が肌で分かった。

シャブ中は、この沼の底から這い上がるために、また打つのだ。とてつもない倦怠感から救われたくて、シャブを求めるようになる。

後輩も同じようだった。不安でガタガタ震えていた。

「外に出るぞ。ここにいると、たぶんヤバイ」

「そうっすね。マジでヤバイ」

その程度の会話をし、まるで自宅が恐怖の館だと言わんばかりに逃げ出した。何故か自宅が怖くて、とてもじっとしていられなかった。

凍える暗闇の中、淀川を二人で目指す。「淀川に行かないと」という脅迫観念がどこかからか湧いてきたのだ。「いけ、いけ!」と声も実際に聞こえる。幻聴なのだろうが、聞いている本人にとっては現実だ。

身体のあちこちが痛い。何が原因かは分からないが、無数の打撲がある。

足を前に進めているのに、全然たどり着かない。靴ひもを誰かが引っ張っているのだ。そんなはずはないのに、確実に誰かが引っ張っている。

「行かせない」というような引き止め方だった。

誰だ、と思って振り返ってもそこには誰もいない。ただ、誰かしらの確実な悪意を感じる。
とにかく足が鉛のように重い。

リハビリ患者のように、僕たちは足を少しずつ引きずって進んだ。

後輩は「怖い怖い」と呟き続けて、ずっと肩を押さえながらガタガタ震えている。それでも足を動かす。

十三交差点を曲がって、淀川に向かう。次々と豊中からやってくる車が怖い。何百キロも出ているスピードで飛んでくる。

絶対に自分たちに突っ込んでくる気がするのだ。

不思議な感覚だが、ザラザラとした恐怖心が空一面に浮かんでいて、事故死するとしか思えないのだ。

河川敷の階段を登らないと、淀川には辿り着けない。なのに階段には妙な男が座っている。

やたらにベタついた髪の毛の男だった。ベージュのコートで、足の中に頭を突っ込んでいる。

「どいてくれ」と言うと、腐ったような目で僕と後輩を舐め回すように見てくる。不気味な男だった。ゆっくりと立ち上がると、一言も言わずに去っていった。

淀川を見ると、何故だろう。氾濫する気しかしないのだ。映画『ディープインパクト』の如く大津波が来る予感が止まらないのだ。

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無事に家に帰れる気がしなかった。振り返ると、下からまたあのベージュの男がこちらを見ている。何かを言っているようだが、聞こえない。

僕たち二人は諦めるかのように、極寒の河川敷にへたり込んだ。そしてそのまま眠ってしまった。

人生で味わったことがないぐらいの寒気で目が覚めた。二時間ほどしか経っていなかったが、バッドトリップによる不吉感は消え失せていた。

思い返せば、僕の2007年の1月1日は一時間程度しか無かった。それも最悪の一時間だった。

後輩は中々素晴らしいバンドをやっていたのだが、あの日以来、あまり会わなくなっていった。

生きているのか死んでいるのか分からないが、アレもまたこの世に向いていない男だった。 


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