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自分の理想と世間の需要の交差点から企画する。古性のちさんの共感を生むSNS投稿【美しい日本語たちのTAKURAMI】

「TAKURAMI STORY」では、商品、映像、音楽、写真、物語など世の中にワクワクする企画を提案してきた方々をお招きし、業界や肩書に捉われず、その企みを紐解きます。今回登場するのは、写真と美しい言葉を組み合わせたSNS投稿で人気を集める古性のちさん。

初空月(はつそらづき)、花明かり、鴇色(ときいろ)……。

日本には、時代を超えて受け継がれてきた季節や自然、色などを表す美しい言葉がたくさんあります。

それらの言葉と写真を組み合わせた作品をつくり、SNSに投稿しているのが古性のちさんです。

のちさんの投稿はSNSで多くの人の共感を呼び、2022年には書籍『雨夜の星をさがして 美しい日本の四季とことばの辞典』も発売されました。

これまでにも海外のさまざまな国を歩きながら写真と言葉を紡ぎ、発信を続けてきたのちさん。企画を立てるときは、まず先に「自分のそばにこういう未来があったらいいな」と自分の理想を描き、そこに向かう道筋が自然と企画になっている、といいます。

そして、自分を起点とする企画が独りよがりにならないようにするために、自分の理想と世間の需要との交差点を探すことが大切と話すのちさん。

交差点を探すポイントは、「自分の前提を信じずに人に相談すること」そして「小さくトライ&エラーを繰り返すこと」など、企画を形にしていく上で参考になるヒントが詰まっていました。

自分のやりたいことと世間の需要の「交差点探し」が企画になる

──美しい日本語と写真をかけ合わせたのちさんのSNS投稿は、何千、何万のいいねがついたりと多くの人の共感を生んでいますが、のちさんにとって「企画」とはどういうものでしょうか? 

私は、企画しようと思って何かを考え始めることはあまりないんです。それよりも、「こういう未来になったらいいな」という完成イメージが先に浮かんで、そこに向かっていくための道筋をつくることが結果的に企画になっているという気がします。

──「美しい日本語たち」のSNS投稿はちょうど新型コロナウイルスが流行した2020年の頭ごろから始まっていますよね。これはどのようなきっかけでできたのでしょうか?

私は10代の頃からずっと「世界中を周りながら仕事をしたい」とそれだけを考えて行動してきて、コロナの直前もタイのバンコクで暮らしていたんです。夢が叶い始めて、海外で毎日幸せな日々を送っていたのにコロナのせいで帰国しないといけなくなってしまって……。

これまで出ることしか考えてこなかった日本という国から出られなくなったときに、「だったら日本をどこかの角度から好きにならないといけない」って思ったんです。そこで、自分の好きなものを考えてたどり着いたのが、写真と言葉でした。

古性のちさんが運営するInstagramアカウント。あえかなる星の住処 | 季語と写真

日本の言葉は美しくて好きだし、外の世界から見てもこんなに美しい言語はないということも知っている。さらに当時はコロナでみんな気持ちが沈んでいて、SNSは不安な投稿であふれていました。

でも、誰もが日本から動けないときだからこそ、日本の美しさに気づけたら、怒りや悲しみ以外に、日本っていい国だなとポジティブな感情を持つきっかけになるんじゃないかと思い立ったんです。

──まず先に「こういう未来になったらいいな」を描くという話がありましたが、このSNS作品を企画するにあたって描いていた未来は「美しい日本語によって殺伐とした空気が変わって、みんなが日本の良さに気づけたらいいな」ということでしょうか?

それよりも「私自身が日本を好きになりたい」というのが前提にありました。私は何かを企画するときに「誰かがこういうものを欲しがってるんじゃないか」というところから発想するよりも、「自分がこうなりたい」「自分のそばにこういう未来があってほしい」と自分を起点に考えるほうが楽しい。でもそれだけでは広がりがないので、自分のやりたいことと世間の需要との交差点をいつも探しています。だから企画とは、交差点探しなのかもしれません。

多くの人の共感を生むSNS投稿は、たったひとりの人のためにつくられていた

──SNSに投稿されている作品の、一つひとつの企画の中身についてもお聞きしたいです。どうやって言葉を探して、どう組み合わせるかなど、発想の仕方とアウトプットまでのプロセスが気になります。

もともと言語が好きで、意味や語源を調べるのが趣味でした。あるとき小説の中にすごくきれいな春の季語を見つけたのですが、辞書を引いても言葉の意味がどこにも載っていなかったんです。そのとき、言葉って使われないと忘れ去られて消えていくんだと強く感じました。その経験とリンクして、自分もしっかり美しい日本語を覚えておくために、古くからある美しい季語と写真と結びつけるというアウトプットになっています。

──1投稿が形になるまでの流れについて、たとえばこの「海が連れてきてくれた美しい日本語たち」の投稿は、どういう発想でつくっていったのでしょうか?

投稿をつくるときは、必ず届けたい誰かをひとり決めています。このときは、入院していた仲のいい友だちが「久々に瀬戸内行きたいな」とツイートしているのをたまたま見つけて、彼に届く投稿をつくろうと思いました。彼はきっと青い海より夕暮れのほうが好きだろうな、など考えながら。

──多くの人に届けようと考えるのではなくて、ひとりの人に向けて投稿を企画するのはなぜですか?

投稿の主人公を決めるためにひとりを選んでいるという感覚です。子どもの頃から物語の設定をつくるのがすごく好きで、友人同士でリレー作文をつくって遊んでいたんですけど、同じようにSNS投稿でも物語をつくりたいんです。

何万人にもシェアされることを狙うんだったら、きちんと分析した方がいいと思うんですが、それでは私自身が面白さを感じにくい。だれかひとりに向けて投稿をつくるのは、私自身が企画を楽しむためのプロセスなんです。

自分がやりたいことと世間の需要との交差点を大枠として捉えていれば、企画の中身のコンテンツは自分が好きなものや楽しいものを詰めこんで、自由に遊んでいいと思っています。

自分の頭の中の前提を信じない

──のちさんは普段どういうところから企画を考えたりアイデアの種を集めているんですか?

すごくシンプルだけど、いっぱい相談します。枕詞に「面白いことやりたいんだけど」とつけて周りの人に聞いてみる。たとえば、「今度、○○さんの誕生日パーティーがあって、○○さんってこんな人なんだけど、どんなことをやったら面白いと思う?」みたいに具体的な情報を出して相談しています。

──美しい日本語のSNS作品を企画するときも?

何回も壁打ちしてます。 「日本のことを好きになりたいんだけど、私ってどこだったら好きになれると思う?」といった根本的なところから相談しました。自分がどういう武器を持っていてどうアプローチしたらいいのかわからないときは、人に聞きます。周りが言語化してくれて気づくことが多いです。

企画を始める第一歩として、自分の頭の中を信じないことが大切かなと。自分の常識にとらわれないようにするために、なるべく最初の段階でいろんな人の頭の中を覗かせてもらうんです。

それから、自分のやりたいことと世間の需要の交差点を見つけて企画の大枠ができたら、何度もテストする。私はファーストステップが結構早くて、60点の出来でもTwitterにポンッと出してみて、その反応を見て次の投稿内容を考えています。

交差点も世間の反応を受けていない段階では、的が大きいんです。的の中にはいくつも施策があって、そのうち1個の反応が良ければ交差点を狭めて次はそこを狙ってみる、とトライ&エラーしながら見つけていく。

──のちさんは2023年6月からタイのチェンマイに移住されるということですが、今後やってみたい企画はありますか?

自分の中で、古性のち第1章が終了した感覚があるので、次はどう遊ぼうかなとずっと考えています。ひとつの遊び方として、昨年、写真と言葉を変換してキャラクターにしたNFTアート「ゆらぎ乙女」をスタートさせました。

 NFTアート「ゆらぎ乙女」。NFTとは、この世にひとつしかない本物と証明できるデジタルデータのこと。デジタルデータはいくらでもコピーが可能とされていたが、NFTはコピーや改ざんができないため、デジタルデータに価値を与えた。NFTによって、実物の絵画を買うように、デジタル上のアート作品も購入者だけのものとして所有できる

このNFTプロジェクトを育てていきたいのと、もうひとつ「美しい言葉」の作品を違う言語でもつくってみたいのですが、これが結構難しくて。

以前中国の出版社に相談したら、あまりにも日本語のニュアンスが難しくて翻訳できないと言われたんです。色の名前も白だけで何百もあるなど、細かく分類して名前をつけているのは日本語ならでは。

かろうじて英語でできる可能性がありそうなのですが、深みのない言葉になってしまいそうだったら考え方を変えて、日本語の言葉とタイの風景写真を組み合わせる作品をつくるのも面白いかも。これから海外での生活が始まるので、現地で展示もやってみたいですね。

■プロフィール

古性のち
美容師、Webデザイナー、ライターなどの職を経て、現在は世界中を訪れながら写真を撮り、言葉を紡ぐ写真家・作家として活躍。TwitterやInstagramなどのSNSに作品を投稿し、多くの人の心を掴んでいる。2023年6月よりタイ・チェンマイに移住。Twitter:@nocci_84 Instagram:@nocci_kotoba


取材・文 宮島麻衣
取材・編集 小山内彩希
取材・編集 くいしん


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