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弱さは時に最大の強さに変わり、強さは時に最大の弱点となる。時に人は強さと弱さを勘違いして大きな過ちを犯すことがある。気を付けなければならない・・弱さがマウントを取っている時があることに使い方によっては弱さも刃となる。

日曜日にサザエさんを見ても切なくならないのは、大人になったからなのかそれともその環境にいい加減に慣れてきたのかわからないけどいずれにせよ明日は来るのだから楽しまないと損をするって言い聞かしている時点で切なくなっているtakuyaです。

強いは弱く、弱いは強い

今まで書いてきた中で『マウントを取る』って書いてきましたが、どういうこと?ってなっている人もいるかもしれないので解説していきます。
マウント・・・自分の優位性をアピールすること
つまり立場や立ち位置において優位なポジション取りができている状態ですね。
社会生活においてのマウントのわかりやすい例は駐車場で停止して待っている時によそ見をした車が突っ込んできたら10:0で相手が過失になりますよね?これは完全にマウントとっている状態ですね。
では強いと弱いでいうとお客様って強いですね、お店は弱いです。
強い人がマウントを取る状態ってクレームが出た時、お客様は強い上にマウントを取っている状態でお店は弱い上にマウントをとられている状態。
こんな状態で従業員がクレームをいうお客様に逆キレなんてしたら、下手するとお店が潰れます。たった一人のお客様とたった一つのクレームで。
これが一番わかりやすいパターンですね。
では上司と部下では?
10年くらい前は上司が強く、部下は弱いでしたね。
従業員は弱く、会社は強かった。
だからパワハラ、セクハラ、モラハラなんて言葉が誕生したんですよね。
家庭でも夫は強く、妻は弱かった。でも今は・・・違いますね。
つまり物理的な強さが不平等を生むという思想から物理的強者にペナルティや負荷をかけることにより弱者とのパワーバランスをとって平等にしようとしているんですね。
僕は専門家ではないのでこの動きの是非に関しては触れません。
事実としてそうなっているということの確認です。
そういうとまだ女性は社会的に虐げられているとか、従業員はまだまだ弱いとかグズグズいう人がいるので、あくまで一般論として聞いてください。
つまりこの国は差をなくすことで平等にしようとしているわけです。
だから法人税を下げて、消費税を上げているのですがその辺の詳しいことは経済学者の方の書籍を読んでいただいた方がいいです。
つまり今までの社会とこれからの社会のパワーバランスは均等になろうとしているっていうことを前提に強弱に関して考えなければいけないですね。
だからこそ少しのパワーの差にみんな敏感になっているというのが今日のテーマなんです。
例えば言葉が強い人っていますね。こういう人は叩かれます。
なぜなら平等な社会において個人の言葉の強さは悪という判断が下されるからです。例えばホリエモンこと堀江貴文氏なんてまさにそうですね。
強い言葉を発するから炎上するし、徹底的に攻撃をされていますが彼はかなりの切れ者で正直な方なので、炎上してもそれがプラスに作用します。
逆に強い言葉で威圧されましたっていう自称弱者は強い。
それだけで法律や条例がすべて味方につくので、本気で攻撃しようと思えば言葉の荒い上司なんて一発KOですね。
ということは世の中は超平和にむかっているじゃないか!何が問題なんだ?っと思われる方もいますよね。
見える世界は平等になるかもしれないけど、見えない世界では強弱は残るんです。つまり強さは排除し、弱さに強さを譲渡すると弱者は強者になり攻撃するという武器を持てるようになるが、昔から責任は強者が持っていたから強くてもバランスが取れていたんです。
それを責任があればあるほど弱く、責任がなければないほど強くなる。
まさに日本の教育なんていい例だ。
生徒と教師なら生徒の方が強い世の中だから、先生に怒られることはないくても訴訟問題に発展したり、自殺したり、もっと闇が深くなっている。
弱肉強食がいいとは言いませんが、ある程度のパワーバランスがないと社会は成り立たないと思います。
でもどんどん社会は平等という名の疑似的な天国に近づこうとしています。
これって怖くないですか?
良くも悪くも昔は見た目が悪い人間は悪かったし、ちゃんとしている人はちゃんとしていたけど、今は心の中が悪であっても見た目は普通なんです。
わからないし、恐怖という抑止力がないため簡単に道を踏み外せる。
平和な中での突然きりつけられるのと露骨なチンピラにカツアゲされるのどちらがいいかは決められません。
でも確実に個人の見極める力を育てていかないと大変なことになるのは間違いないですね。

弱いからと安心するな、強いからといって慢心するな、関係ないからと無関心になるな。すべて自分に起こりうることだ。

結論なにが言いたいかっていうともう強いとか弱いの概念なんてもう少しでなくなるから無関心でいると強者にも弱者にも、加害者にも被害者にもなってしまう怖い社会の中で生活していることを深く胸に刻まなければならない。
日本というか世界的に平等を押しているけど、考えてみてほしい。
平等になって得をするのは弱者?強者?普通に考えたら弱者って思いがちなんだけど本当にそうか?
格差社会がいいとは言わないが、完全平等社会も気持ち悪い。
成功したり、失敗したり、金持ちになったり、貧乏になったり・・・なんかそれぞれ違う幸せがあるような気がするし、貧乏だから金持ちに夢見れるし、金が腐るほどあってすべてを手に入れたとしてもなんでもすぐに手に入ったら面白くない。
人間なんてわがままだから面白いんだ。
みんな平等になったら面白くない。

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