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映画「グリーンマイル」優しい大男が突きつけた善意の危うさ

トムハンクスは本作のインタビューでこう仰っています。

『グリーンマイル』は、多数の役者が主役級の重要度をもつアンサンブル・キャストの映画。『僕』の映画じゃないんだ。

トム・ハンクス FLiX独占インタビュー

本作は、主人公以外の役が
重要な意味をたくさん備えられた映画です。

囚人への敬意が溢れる副主任のブルータス、
死刑が見たくて看守になった嫌われ者のパーシー、
人間達の優しさと悪意を両方受け取ったネズミのミスタージングルス、
底知れない悪で凶悪犯罪を犯した、囚人ウィリアム。

どの役を掘り下げても
重厚なテーマが浮かんできそうなほど、存在感がある。

それぞれが複雑に絡み合って
より大きなテーマが浮き彫りになってくる、
という構造を持った映画だと思います。

この記事では、
私が一番印象的で、感動させられた
「ジョン・コーフィー」に焦点を当てて
お伝えしていきたいと思います。

優しい目をした大男

死刑囚が入るのは刑務所のE棟という建物。
緑の床にちなんで、「グリーンマイル」と呼ばれています。

©️Warner Bros.GAGA

そこに連れられてきた
ジョン・コーフィー(死刑囚)の初登場シーンです。

どんな大男がやってくるんだ?という前振りもあり
腰のあたりからゆっくりとカメラが上に向けられていって
映されたのは凶悪犯とはかけ離れた
優しい目をした不安げな男でした。

「名前はジョン・コーフィー。
 飲むコーヒーと似てますがスペルは違います、ボス」

看守をボスと呼び、丁寧な自己紹介。

「夜中も灯りはついているんですか?
暗闇にいるとときどき怖くなるんです」

廊下の電気はずっとついている。安心しろと看守主任。
戸惑いながら、熱い握手を交わします。

「どうしようもなかったんだ。
なんとか元に戻そうとしたが、手遅れだったんだ」。

鉄格子が閉められ、看守達が離れようとしたときに
力強く語られたこの言葉。

本作における最大の謎が、
この場面に込められていました。

あなたを助けたいんだ。

「あの大男はなにをやったんだ?」
とても凶悪犯には見えない。

報告書を読む看守主任と
同時に回想シーンに突入して
観客は詳細を知ることになります。

幼い少女二人が失踪した事件で
村の人が総出で捜索していると
ジョンがその二人の死体を
抱えていたところを発見されたとのこと。

発見時もジョンは
「どうしようもなかった、元に戻そうとしたが、手遅れだった」
と泣き叫んでいました。

元に戻すってどういうこと?
冤罪なのか?本当に殺したのか?
はっきりと示されないまま、回想シーンは終わります。

謎を残しつつも場面が進んでいくなかで
彼のある能力が、明らかになります。

看守主任のポール(トム・ハンクス)は、
放尿するたびに激痛に襲われる、
尿路感染症を患っていました。

「助けたいんだ」
そう言って患部に手を触れるジョン。
近くの電球は過電圧で破裂する。

手を離したあと、
何かが喉につっかえて苦しくなったあと、

©️Warner Bros.GAGA

大量の羽虫がジョンの口から出てくるのでした。

「すべてを元どおりにした。治ったでしょう。
おかげでひどく疲れた。」

事態を呆然と見つめたあと、
ポールはもう痛みがなくなっていることに気づきます。
(気持ちよく放尿してるトムハンクスの顔は最高です)

このシーンで、ジョンが言っていた
「元に戻す」の意味が明らかになりました。

超現実的な展開に少し驚くことになるのですが、
これ以外の描写は徹底的に現実に即しているので
物語上の破綻は一切起きません。

むしろ、彼の飛び抜けた感受性と優しさのゆえ、
この能力を授かったのではと思えるくらいです。

「羽虫」は不安と汚れの象徴。
「元に戻した」代償に、それを吐き出さなくてはいけない、
というのも、ギリギリ整合性を保っている一因だと思います。

「悪いやつ」

そのあと、
囚人が可愛がっていたミスタージングルス(ネズミ)が
悪人看守パーシーに踏みつけられるという
ショッキングな場面があります。

ジョンは「大丈夫、今ならまだ間に合う」。

©️Warner Bros.GAGA

看守達と囚人の前で、見事蘇生させたのでした。

「パーシーは悪いやつだ。ネズミを踏んだ。
だから元に戻した」

悪いやつ。
本作の重要なテーマの一つがここで触れられます。

合法的に人を殺す制度である「死刑」が
軸になって物語は進んでいきます。

死刑制度の是非をここで問うつもりはありませんが、
「悪いやつ」が社会のために殺されること。
善意でもって、「悪いやつ」を懲らしめること。
この危うさを見事に示していくのです。

「いい人」

ジョンの能力を知った看守達は
それを使って所長の奥さんの病気(脳ガン)を
治してもらおうと画策します。

言い出したのは主任のポール。
実行するには囚人であるジョンを
外に連れ出さなくてはいけないので
見つかると職を失うどころか罪にも問われかねない。

そのリスクがあるので、他の看守達は反対します。

なんとか説得を試みるポール。
決め手になったのは、ポールの奥さんが発した
ひと言でした。

「(所長の奥さんは)本当にいい人なのよ」

「いい人」だから助ける。善意によって。

綿密に計画を立てて、準備をすることになり
ジョンも、
「俺はボスに賛成だ、計画に協力する」と。

実行にあたってポール達は
目撃者を残さないために、囚人を薬で眠らせ、
非協力的な「悪いやつ」の看守パーシーを縛り付け
拘禁室に閉じ込めます。

その隙にジョンとポール達は刑務所を抜け、
奥さんのいる所長の家へ向かいました。

何も聞かされていない所長は
わけもわからないし警戒するばかりでしたが、
ジョンの優しい眼差しと、
死を待つしかない奥さんの過酷な症状も相まって
計画を了承することになります。

©️Warner Bros.GAGA

ジョンと看守達の慈悲によって
一人の命が救われた、美しいシーンとして描かれます。

計画は成功し、元気を取り戻した奥さん。

しかしその計画の裏には
大きな代償が残ることになりました。

奥さんの口から、何かを吸い取って
自身の体に収めたジョン。

いつもはすぐに羽虫を吐き出すのに
この時は飲み込んだまま帰路につきました。
不思議がる看守達。早く吐けと言っても聞かないジョン。

吐き出した先は、「悪いやつ」パーシーの口でした。

©️Warner Bros.GAGA

グロテスクとも言えるシーンです。

羽虫を体内に送られたパーシーは、
意識を喪失した様子で
凶悪犯のいる鉄格子の前までフラフラと歩いていき
焦点の合わない目をして
銃を囚人ウィルアムに向けて、
何度も引き金を引きました。

ウィリアムは即死、
パーシーは看守達に取り押さえられたあとも
心神喪失。精神病院に送られることになります。

慈悲によって命が救われたシーンとは対照的に
残酷でむごいシーンが直後に置かれているのです。

「いい人」を救うために「悪い人」が死ぬ。

また善意の塊として描かれるポールの行動についても、
冷静に見てみれば、
「いい人」をガンから救うために、
囚人を騙して睡眠薬を盛っているし、
パーシーを追い出すために脅したこともあったし、
実際に彼の意思に反して、手足を縛って口に詰め物をして
自由を奪ってる。
結果、ウィリアムを死なせてしまい、
パーシーを廃人にしてしまった。

「善意」ってなんだ?

過度な「善意」は他人にとっては
「悪意」になりうるのでは?

無自覚に善意を奨励する危険性を
ここで観客に突きつけているように
私には見えてしまいました。

真実を知った苦悩


ジョンの特殊な能力は、
「元に戻すこと」だけではありません。

他人に触れると、心を読み取ることもできるようです。

パーシーに羽虫を吐いて、
ウィリアムを殺したのも、
ジョンが意図したことだったようです。

以前、ウィリアムにジョンが触れられたとき、
心を読み取り、
少女二人が殺害された事件(ジョンが冤罪をかけられた事件)の
真犯人がウィリアムであったことがわかった。
だから殺した。悪いやつだから。

その事実をポールに伝えます。
手を繋いで、イメージを送ることも可能とのこと。

ジョンの手を伝って
事実を見たポールの苦悩の大きさたるや。

ジョンが冤罪であることが明らかになったのに
どうすることもできない。死刑は免れない。

奥さんに言います。
「これほどまでに、
身近に地獄を感じたことはなかった」と。

奥さんは、
「地獄?・・・彼に聞いて。
ジョンが最後に何を望んでるか。」

「もう生きていたくない」

ジョンの死刑執行前日、ポールは言います。
「俺にどうしてほしい?逃げ出してみるか?」

ジョンは
「バカなことを言うな。俺はもう生きていたくない。
本当だ。俺は疲れた。
互いに醜いことをし合う人間達にも疲れた。
毎日世の中の苦しみを感じたり聞いたりすることに
もう疲れた。これ以上耐えられない。
いつも頭の中にガラスの破片が刺さってるみたいなんだ。
わかってくれるか?」

「ああ、わかる気がする」とポール。

©️Warner Bros.GAGA

ここまで見てきた観客であれば
先ほど述べた、
「善意」の危うさと「悪意」の救えなさと
「善意」で社会のために人を殺す「死刑」の重みを
突きつけられているので
ジョンの気持ちが痛いほど伝わってくるようになっている。

感受性がひときわ強いジョンにとってみると
この世は地獄なのかもしれない。
「もう生きていたくない」という言葉が
いっそう重みを持って迫ってくるのです。

それでも、副主任のブルータスは聞きます。
「俺たちにできることはないか?」

ジョンが最後に望んだことは
一度も見たことがない、活動写真を見ることでした。

©️Warner Bros.GAGA

ジョンが死刑執行の直前に見た、
最初で最後の活動写真は
1935年のアメリカ映画、「トップ・ハット」。

ミュージカル映画で、ロマンスを描く、明るいものでした。
ジョンはつぶやきます。
「彼らは天使だ、天国にいる天使のようだ」

画面上に流れる「トップ・ハット」を
ジョンと一緒に私たちも見ることによって
ジョンと視点が重なり、感情が流れ込んできます。

救いがないように見えるほど
絶望的なジョンの苦しみは
楽しい活動写真を見ることで辛うじて
そこに一瞬、天国を見出したのです。

執行の時

そしていよいよ刑の執行の時がやってきます。

電気椅子に続くグリーンの廊下へ立ったジョンは
ポール達看守に向かって
「俺は大丈夫だ。辛いのは今だけだ
少しすればよくなる」

死を受け入れたジョン。

昼寝の時に見た、楽しい夢の話をしながら、
電気椅子に向かって行きます。

彼の死を見物しにきた関係者たちが
大勢、目の前に座っています。

©️Warner Bros.GAGA

「そいつを二度殺してくれ」
「早く苦しませて」と、被害者少女の両親。

ジョンはそれをみて
「俺を憎んでいる人間が、大勢きてる。
憎しみを感じる。蜂に刺されてるみたいに。」

副主任のブルータスは
「俺たちはお前を憎んでいない。
それを感じろ。」

「善意」で正義を行うために「悪意」を向ける人たちと
真実を知って、せめて安らかに逝くことを願う、
看守達の「善意」。

同時に引き受けたジョンは
最期の言葉を述べます。

「生まれてきたことを謝る」

残るは電気椅子の電源が入るだけという時
その命令を下せないでいるポール。

ためらいながら、最期にジョンと握手します。

©️Warner Bros.GAGA

「第二スイッチ」
命令が下り、電気椅子が作動した。


まとめ

最後までお読みいただきありがとうございました。

今回取り上げた、ジョン・コーフィー役を演じたのは、
マイケル・クラーク・ダンカンさん。

彼の演技の上手さが、
これほどまでに感動を呼んだことでしょう。
素晴らしかったです。

過去に本作の告知記念で来日されていたようです。
そのインタビューから抜粋。

「泣く」という演技に関しての質問で

「泣く」ことに関してですが、このジョン・コーフィがどういうような状況にいて、どんな気持ちでいるのかを考えるように言われました。
(中略)
私の魂の中の深みまで掘り下げていくという作業で、ジョン・コーフィを演じるというのではなくて、成りきるという手法を教わりました。ですから、私は自分を変身させ、見た目から歩き方まで、すべて身につけるようにしました。毎日毎日、このキャラクターの中へ深く入り込んでいくことができました。
(中略)
ジョン・コーフィは、90%くらいマイケル・クラーク・ダンカンそのものです。

https://www.werde.com/movie/interview/greenmile.html#TOP

マイケルさん、54歳という若さで
心筋梗塞によりこの世を去ったとのこと。

魂の中の深みまで掘り下げるというたゆまぬ努力によって
素晴らしい作品を完成させて頂いたことに
この場で感謝とご冥福お祈りしたいと思います。


今回はコメントにて頂いた、
晴れ。さんのリクエストにお答え致しました。

スティーブン・キングの作品とのことで、
いかがでしたでしょうか?

いつか見直そうと思って先延ばしになっていた作品を
見るきっかけにさせて頂きました。

かなり長くなってしまいましたが、
私にとって大事な作品だと再認識させて頂きました。

この場を借りて感謝申し上げます。
ありがとうございました。

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