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精神のはじまりは存在する『精神の考古学』(中沢新一)

『精神の考古学』(中沢新一)

いつの時代も探究者を魅了してやまないのは「はじまり」である。宇宙のはじまり、人類のはじまり・・・と、人はその「はじまり」を想う。

そもそも、人の精神、心というものにも「はじまり」があるのだろうか。きっと誰もがあると思うだろうが、では、どうしてそれが発生したのか、そして、それがどう変わってきて、今、ここにいる僕たちの心はどうなってきたのか。

歴史学者は歴史から、物理学者は物理から、心理学者は心理からそのはじまりの探究を進めてきた。それは、宇宙の始まりの探究とも変わらない。人はいつもそれを追い求めている。

でも、形も存在しない、目にも見えない、そんな精神、心というもののはじまりというものを捉えることができるのだろうか。たしかにあるはずなのに、どうしても捉えることができない心。人は心によって生かされ、心によって死ぬ。そう言っても過言ではないだろう。狭いようで宇宙よりも広く、どこまでも謎に包まれている。でも、それを人は探究し続けてきて、それを体系化しようとしてきた。その秘儀は存在するのか、しないのか。

現代社会に生きる僕たちには、もう科学の力でしかそんなことは証明できないと思っているが、でも、科学の力もその限界に達し始めている。目に見えるもの、測れるもの、何かの物差しに当てて物事を捉えることの限界はもう多くの科学者の目の前にその絶壁が見えている。今までのやり方では越えられない大きな壁がそこにはある。でも、科学者たちも新しい方法で、その壁を越えようとし続けている。

本書のタイトルでもある「精神の考古学」。精神に考古学なんていうものがあるのか。そんな視点から精神を捉えることができるのか。考古学といえば、土器とかそういうものをイメージしてしまうが、そういうものじゃないものから、何かを理解することができるのだろうか。ましてや、精神、心という目に見えないものを、捉えることができるのだろうか。

答えから言えば、できるのである。心のはじまり、精神のはじまりは存在するのだ。それをただ文献調査で証明するのではなく、中沢新一氏はゾクチェンという「チベットの古代的な知恵の集積であり、仏教よりもずっと古い来歴を持つもの」によって、その存在を確かめようとした。

一人の学者、一人の人間が何十年という歳月をかけて、実際に修行をし続けて、そこに答えを見出す。そこに体感を得る。まさに奇跡のような話である。そこにはこの行き詰まったロゴスの世界を突き抜けるヒント、新しい道の存在を示しているのではないだろうか。

僕たちは過去を振り返らずに未来ばかり見ている。でも、そこにはもう絶壁があることが見えてしまった。思ったよりも早く限界に到達してしまった。もう先には進めないのか。でも、僕たちは戻ることができる。また新しい道を選ぶことができるのだ。そのことを今までずっと前へ前へ進んできた僕たちは忘れてしまっている。

世界はもっと広いのだ。目の前の絶壁なんて、世界のほんの断片にしか過ぎないのである。そして、心はもっと広く、深いのだ。世界の中に僕たちの心があるのではなく、僕たちの心の中にきっと世界はあるのだ。心の方がずっとずっと広いのである。そのことを思い出せば、きっと僕たちは目の前の絶壁が絶壁なんかではないということを理解することができるのではないだろうか。

この本に書かれていることのどれほどを僕が理解できているのかわからないが、でも、たしかにここにそれは存在していることはわかる。それはまさに無限の可能性と言っても過言ではない。科学社会の陳腐な無限の可能性ではなく、まさに限り無しの可能性。いや、可能性という言葉では表せられないようなものがそこには存在するのである。

人類はこれからさらに宇宙の探索に出かけることになるだろう。でも、宇宙なんかよりももっともっと広い世界が自分たちの心にあることを忘れてはいけない。きっとこれから内的な宇宙である心の探究、内的な宇宙の旅の探索に出かけるものが増えてくるだろう。

そんなときにこの本は、その内的宇宙の広さ、そして、その冒険の面白さを教えてくれる。僕たちが求めているようなアドベンチャーワールドはたしかに存在するのだ。心のはじまりはたしかに存在し、誰もがアクセスすることができるのだ。

もちろん、誰もが中沢氏のようにチベットに修行に行くことはできないかもしれないが、でも、多くの人たちが、心の世界の探究へと誘われるだろう。中沢氏の足跡を辿るのでもいいし、違う道へ進んだっていい。僕たちにはまだまだ未知なる道が存在するのである。それは一生を賭けても踏破することはできない。けど、あなたが進むことによってたしかに道となるのだ。

この興奮を表現することは難しい。ある漫画で「ワンピースは存在する」と海賊王が言い放った時に、そこにいた彼ら彼女らが感じた興奮のようなものに近いのかもしれない。自分にそれが見つけられるなんて確証は全くないのに、でも、それを探しに行きたい。そんな気持ちにさせてくれる何か。そんなものをこの本から感じるのである。大海賊時代ならぬ、大精神時代・・・。

この興奮を言葉にしようとすればするほど、稚拙すぎる表現になってしまうので、この辺で筆を置きたいと思う。このような本を届けてくれたことに著者に感謝したい。本当にありがとうございます。

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