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あたりますように

Feeling(今日の一言)

いま、吉本ばななさんの『人生の旅をゆく4』を読んでいるのだけれども、「ああ、やっぱりエッセイっていいな」と改めて感じる。どうしてそう感じるのかわからないけれども、自分はエッセイが好きなんだ、と思うし、ばななさんのエッセイを読むと、こういうエッセイを書いてみたいな、という気持ちになるから不思議である。(まあ、一生かかってもこのレベルまでいくことはないのかもしれないけれども、自分のスタイルみたいなものが見つけられたらいいな、と思う)

エッセイと言ってもとても幅広いのだけれども、ときに癒され、ときに励まされ、ときに勇気をもらい、ときに人生を変える。日常の些細なことから、その人の人生の中の究極の体験まで、その人が伝えいたことがエッセイという形で文章になって、読者に届けられる。

僕はどんなエッセイを書きたいのだろう? 読者に何を届けたいのだろう? とたびたび自問自答するけれども、結局、いろいろなものが書いてみたい、と思うのであるが、でも、人生は日々の積み重ねであり、一日一日が人生そのものであって、そういう点では、日常というのがひとつのキーワードになるのではないか、と思うのである。

特別な体験も素晴らしいけれども、何気ない一日を幸せに過ごすことができる。そういう一日を一週間の中で増やしていく、一ヶ月の中で増やしていく、一年の中で増やしていく・・・、そういうことの繰り返しなのではないかと思うのである。

特別な日があることは嬉しいけれども、人生は特別な日以外によってつくられているのではないか、と思うのである。人の体の60%〜80%が水分でできているように。人生の最後に何を思い出すかわからないし、もし最後の晩餐があるならば、何か特別美味しいものではなく、僕はいつ食べても美味しいと思う、卵かけ納豆ご飯あたりか、カレーあたりを食べたくなるのではないか、と思うのである。

過去に縛られる必要はないのだけれども、でも、遠い未来のことを考えすぎるわけではなく、ただ目の前のいまこの瞬間を、るんるんスキップしながら進むくらいがいいのではないか、と思うのである。(もうそんな言葉自体死語だし、そんなことをしている人はなかなか見かけないし、スキップってしていないと意外とできなくなるし!笑)

だから、ちょっとそんな日常に寄り添うようなエッセイが書けたらいいのかな、なんて思うのである。そして、きっとまた、振り返ってはそう思い返し、そういうことを繰り返していくこともまた日常で、幸せなことなんだと思うのである。

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