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イノベーションは交易によって引き起こされる

出口治明さんの著書『全世界史』の中で、交易とイノベーションの関係についての記述があった。

紀元前一八〇〇年代、メソポタミア文明とエジプト文明の中間に位置するシナイ半島で、アルファベットが発明された。これは、文字の異なる2つの文明の間で取引を円滑に行うことを目的だったと言われている。

つまり、アルファベットという発明は、元を辿れば交易によって生まれたということだ。イノベーションが生まれる一つのキッカケは、人との交易だったのである。

面白い事実だと思った。今や全世界のほとんどの国や地域で使われてる文字が、異なる二つの文明が交易するために誕生したというのだから。

この事実を受けて、私は一つ気になった。
「イノベーションは交易によって引き起こされる」という仮説は、果たして科学的にも検証されているのだろうか?

ということで、参考になりそうな文献を二件見つけたので取り上げさせてほしい。

ポイントは以下の四つ。

  • 検証の結果、何がわかったか?

  • 交易することのメリットは何か?

  • 逆にデメリットは?

  • デメリットに対してどう向き合っていけば良いか?

まずは一件目、グローバルなイノベーションと貿易自由化というタイトルの文献を読んでみた。

主張を一言でまとめると、「関税削減はイノベーションに大きな影響を与えることが明らかである」ということ。

1990年代の関税削減と65カ国の企業のイノベーションデータを用いて分析を行っており、その結果、関税削減を始めとする貿易政策を多角的に自由化していくことがイノベーションと成長を促進することが示唆された。

そしてもう一件、国際貿易とイノベーションという文献にも目を通した。
この中で言及されている主張をまとめると、このようになる。

  • 輸出市場へのアクセスを増やすことが、イノベーションの動機を増加させる

  • 国内の既存企業がイノベーションの成功で海外の競争から脱出できると、その競争が後々、他の国内の既存企業によるイノベーション反応を誘発する

  • 外資企業が国内の市場に参加すると、いいビジネスを奪い取る「ビジネスのパクリ」が発生して、イノベーションによって得られる独占期間を短くする。これが既存企業のイノベーションの動機を低下させる

  • 一方で、イノベーションを後追いする企業は、首位に立つ企業(リーダー企業)に比べてイノベーションを起こす努力が低くなる傾向にある

輸出市場の増加でイノベーションは誘発され、競争から逃れるようなイノベーションが起きれば、それまで競争に参加していた他の企業も同じようにイノベーションを起こそうとする。

ここまで見ると、貿易によってイノベーションが引き起こされることは科学的な見地からもおおむねその通りだと言えるだろう。

気になるのはその次。ビジネスのパクリについてだ。

これが意味するものは、要するに「一所懸命新しい商品を作っても、外資がたくさん参入すればすぐに真似られてシェアを独占できない。だから頑張っても意味がない。」というもの。

たしかにすぐに真似されてしまうと利益の独占が難しいため、外資が参入してくることはネガティブに思われる。

しかし、これについてはビジネスをデザインする経営者次第だ。

業種次第であるが、例えばテスラやBYDなどの電気自動車を販売するビジネスであれば、バッテリー・マネジメント・システムや内蔵ソフトウェアの開発、コンパクトな電池開発など、車体の製造以外の部分に投資して強みを作ることで真似しずらい仕組みを作るという工夫はできる。

また、仮に真似されやすい商品だったとしても、「その人が作ったから買う」「そのブランドだから買う」という動機を形作れていれば、真似されても簡単にシェアを奪うことはできない。いわゆるブランディングだ。

さらに付け加えると、ビジネスのパクリが起これば、市場の競争は激しくなるが、先にイノベーションを起こしたリーダー企業は、その競争から逃れるために努力し、次のイノベーションを起こそうとすることが多くのレビューから分かっている。

理由は簡単で、貿易の機会が増えることでビジネスをパクれるのは、何も外資だけではない。自分もパクッっしまえばいいのだ。

例えば、取引相手の企業が当たり前に行なっている人材教育だったり、情報管理だったり、技術の継承のやり方だったり。
その国・その企業では当たり前だと思われているようなことが、我々からすると新鮮で面白い。そんなことは山のようにある。取引相手の社内文化を自分たちのビジネスに応用すれば、新しいイノベーションが生まれる期待は十分にあるだろう。

こう考えると、パクりパクられ、互いにいいところを盗んでいく状態が豊かな社会を作り上げているとも言える。

よく経営者がビジネスの話をする中で、「上手くいってる人のやり方をパクれ」というアドバイスを見聞きすることがあるが、それはこのように、互いにいいところをパクりあうことでイノベーションが促進され、社会が豊かになることが経験から分かっているからかもしれない。
つまり、パクりパクられる関係こそがビジネスの本質であり、交易の本質でもあるということだ。

それに、そもそもの話として、外資にビジネスをパクられることがリスクだというなら、会社の設立にも汚職や倒産のリスクがあるわけなので、商売や取引には常にリスクが付きまとう。ほとんどの企業はそれが分かっている上で、日々仕事をしている。
そう考えれば、貿易のリスクに関しても過度に恐れる必要はない。

ここまで来ると、「交易は良いことづくしで欠点なんてない」と思いたいが、残念ながら課題はたくさん存在する。

以下では、交易のメリット・デメリットをそれぞれまとめてみよう。

メリット

  • イノベーションと生産性の向上:交易を通じて互いの技術や文化が流出しあうことで企業の生産性とイノベーション向上につながる

  • 学習と成長:企業が外国市場や競争相手から学ぶことで、製品やプロセスの改善につながり、経済成長に貢献する

  • 先進技術の普及:国境を越えて先進技術の普及され、発展途上国の企業がより発展した国の企業に追いつくのを助ける

  • 競争の増加と効率化:国際市場への露出と技術の相互流出は、競争を増加させ、国内企業がより効率的で革新的になるよう促す

先ほどの関税削減や輸出市場へのアクセス増加は、全てこれらのメリットを享受するための手段である。

デメリット

  • 恩恵の不均等:より多くのリソースを持つ企業や特定の地域に位置する企業は、技術の相互流出を活用するためのより良い立場にあるので、交易による恩恵が均等に配分されないことがある

  • 依存性:外国技術への過度の依存で、国内のイノベーション能力の発展が妨げられる可能性がある

  • 市場の混乱:技術の相互流出で加速される急激な技術変化は、ローカル市場や産業を混乱させることがあり、短期的な雇用の喪失や大規模な調整が必要になる

  • 知的財産権のトラブル:技術の相互流出が、適切なライセンスや補償なしに行われる場合、知的財産権に関連する問題を引き起こす可能性がある

簡単にまとめると、一つ目は、お金や拠点を最初から多く持っている企業の方が、交易で受けられる恩恵は多いという点。
二つ目は、外国技術に依存すると国内でイノベーションが起きないことがあるという点。
三つ目は、急激な技術変化に国内の産業はついていけず、雇用や法律に大きく影響を与えるという点。
最後は、技術を互いにパクる際にライセンスの有無を確認しておかないと、法的トラブルにつながるという点。

これらのデメリットを潜んでいることから、国によっては交易を積極的に行うことをためらうことがある。

では、これらのデメリットを解決する手立てはあるのか?

改めて見てもらうと、ここに挙げたほとんどのデメリットは全て、仕組みをと整えることで解決できそうなことが分かる。

まず、恩恵の不平等に関しては、売上を伸ばし、拠点を増やす努力をすることでことで是正できるだろう。どんな企業もはじめは規模が小さいのだから、リソースが豊富にある企業と交易する場合でも、なるべく競争相手とならないようにビジネスを展開していけばいい。

外国技術への依存性については、政策や法律を施行してビジネスを始めるインセンティブを増やすことで解消できる可能性はある。外国の技術をローカライズしてビジネスを展開すれば、利益は十分に見込める。Mペソを土台にしたQRコード決済アプリPayPayそのいい例だ。

市場の混乱だが、これは詰まるところ、既得権への忖度の話なので、転職の環境づくりや失業保険などの仕組みによる救済や、実力による淘汰で解決するしかないように思われる。テレビとYoutubeそれぞれの広告収入の差などを見れば分かりやすいだろう。

最後に知的財産権のトラブルについてだが、これは貿易により得られた技術や知識を学ぶ段階で、法務に詳しい人材などをうまく取り入れながら権利の有無を十分に確認できれば回避できる。
経営者が全て自分一人で勉強するのもいいが、ビジネスを展開していくことも考えなければいけないので、一人では時間も労力も足りなくなるだろう。そんな時はエキスパートの力を借りながら問題をクリアにしていけると、経営の効率も上がるのではないだろうか。

こうして一つずつデメリットへの対策を考えていくと、「リスクはあるがなんとかなりそう」だと分かってくる。

私がここまで交易の重要性を推している理由は、交易が拡がれば、経済が豊かになり、幸せを実感しやすい社会を築くことができるからだ。過去の記事でそれは詳しく書いているので、よければそちらもチェックしてほしい。

誰だって幸せに生きたいはず。そのためには、経済を豊かにすることと向き合うことが必要なのだ。

それを多くの人が理解してくれれば、この記事の甲斐も少しはあるかもしれない。


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