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サービスの変化を後押しするブランディングとクリエイティブ ── Takram Night #6レポート

日本国内で最大の食のコンテンツプラットフォーム「Kurashiru(クラシル)」は、2022年12月に大々的にリブランディングし、「レシピが見つかる場所」から「レシピやクリエイターと出会えるプラットフォーム」へと進化を遂げました。Takramは、このリブランディング・プロジェクトでクラシルの運営会社であるdelyの経営層との対話をベースとしたブランドコアの策定をはじめ、ブランドロゴやパターン制作などの一連のクリエイティブを担当しました。Takram Night #06 では、プロジェクト当時CXO(最高体験責任者)でクラシルのプロダクトオーナーでもあるdelyの坪田朋さんをゲストに、Takramでプロジェクトを担当した藤吉賢と清水万里合がそのメイキングストーリーを語りました。

Text by Asuka Kawanabe
Editing by Takafumi Yano @Takram


「80億人に1日3回の幸せを届ける」をミッションとする食のコンテンツプラットフォーム「Kurashiru(クラシル)」。これまで公開された50,000件以上のレシピ動画は、多くの人々に暮らしと食の新しい楽しみ方を届けてきました。そんなクラシルが「レシピが見つかる場所」から「レシピやクリエイターと出会えるプラットフォーム」への進化を目指してTakramと共に挑んだのが、2022年12月の大々的なブランドのリニューアルです。

このリブランディングにあたり、クラシルの運営会社・delyでプロジェクト当時CXOを務めていた現CPO(最高プロダクト責任者)の坪田朋さんからTakramのプロジェクトチームに以下の3つのリクエストが出されました。

-「動画レシピのクラシル」から「食のクラシル」へと変化したい
- クリエイターに愛されるブランドになりたい
- オフラインを含めた多様なタッチポイントへの展開性をもたせたい

プロジェクトディレクションやブランド戦略策定を担当したTakramの藤吉賢は「今回はKontrapunktという戦略的デザインとブランディング領域で北欧をリードするブランディングエージェンシーにも参加していただき、視野を広くもつために日本だけに留まらないグローバルな視点やアイデアを採り入れるようにしました。Takram側のチームも、英語でやりとりができるメンバーを中心に組成しました」と話します。

(写真左から)Takramの藤吉賢、清水万里合、dely CPOの坪田朋さん。

こうしたリクエストを踏まえ、最初に行なわれたのがエグゼクティブインタビューです。このプロセスでは、プロジェクトの決裁者やエグゼクティブ層にお話をうかがい、事業会社での立ち位置や状況、ブランディングの目的などをすり合わせます。今回はdelyのCEO(最高経営責任者)である堀江裕介さんや坪田さんを含めた3人の方にお話をうかがい、プロジェクトの背景やブランドの構造といったロジカルな部分を洗い出していきました。

その一方、実際にそれをデザインに落とし込むにあたっては、全体のトーン&マナーや雰囲気といったビジュアルにまつわる要素も必要となります。「そのために今回、経営陣の方々を交えたワークショップを行いました。例えば『カジュアルさとフォーマルさ、よりクラシルらしいのはどちらか?』『クラシルを言葉で表すとしたら? それを画像で表すならどのようなもの?』といったことを、一緒に考えていきました」と藤吉。

Takramのブランディングプロジェクトでは、こうしたインタビューやワークショップをもとに整理し、さまざまな形式でブランドの構造を可視化していきます。今回は、クラシルのブランドの中核として、下記のようなブランドコアの図を作成しました。中心に会社のミッション、その外側に「Understanding」「Moving」「Actionable」という3つのバリューを配置。3つのバリューはそれぞれが独立して存在するものではなく、それぞれがお互いにつながって存在するものとして定義しています。こうしてブランドコアを整理することで、ブランディングにおけるチャレンジが見えてきます。

今回のチャレンジは「現状はユーザからのブランドイメージとクラシル自体が事業として向かっている姿に乖離があること」「クリエイターも含めた、食の多様性を象徴できること」「さまざまなタッチポイントでもブランドイメージを保てること」の3つでした。

「これをもとに、『食の楽しみが広がる』『食の魔法』『食の楽しみをサポート』『食のおいしさを広げる』という4つのアイデアを仮説として設けました」と、今回デザインコンセプト策定とグラフィックデザインを担当したTakramの清水万里合は話します。「特にふたつめの『食の魔法』は、エグゼクティブインタビューでうかがった堀江さんの体験談から生まれたアイデアです。旅行でいろいろな国を巡ると、同じ食材でも組み合わせや調理によってまったく違う料理ができることに気づいた。その点、レシピは魔法のようなものだと気付かされたとおっしゃっていたんです」

モジュラーシステムという解

この4つのアイデアを検討するなかで生まれたのが、モジュール型のデザインシステムです。「例えば、お弁当はいろいろな食の詰め合わせや組み合わせから成り立っています。そうした組み合わせによって楽しさを表現するというアイデアをかなり初期の段階で考えました」と清水は語ります。

そこからはプロトタイピングと検証の繰り返しです。モチーフの組み合わせやカラースキーム、レイアウト、展開例などさまざまな試行錯誤を経て2つのアイデアが生まれました。

「どちらの案もすばらしいものでした」と、delyの坪田さんは両案の印象を振り返ります。「当初の社内投票では、今回採用しなかった案のほうが人気だったんです。それでもいまの案に決定したのは、こちらのほうがビジネスモデルとマッチしていたからです。こちらからのリクエストと意図をすべてきれいにデザインに落とし込んでくれました」

クラシルの多様性を象徴する存在でもあるクリエイターの方を打ち出していくにあたって、色やアイコンのみでクラシルだとわかるデザインはぴったりだったと坪田さんは話します。「ロゴがなくてもサブ的にデザイン要素を足すだけで『「クラシルだ!』とブランドが認識できる強い独自性がありながら、クリエイターには自分自身が主人公だと感じてもらえると思いました」

ブランディングは、納品後も続くプロセス

その一方、モジュラーシステムに対して心理的なハードルがあったと坪田さんは話します。「品質の高さとともに、使いこなすための難易度の高さも感じました。若手デザイナー殺しだなと(笑)。それでも、そこにチャレンジしたいと思わせてくれるデザインでしたし、考え方もTakramの方々が丁寧に教えてくれました」

Takramにとって、ブランディングはデザインを納品したら終わるものではないと、藤吉は語ります。「その後アドバイザリーというかたちで具体的な展開や組織内の浸透まで並走してお手伝いすることが多いですね」

例えばクラシルのケースでは、夏の納品から12月のオフィシャルリリースまで、3週間に1度のペースでやりとりが続きました。「ゆくゆくは手離れしなくてはならないことも考えて『これを何ピクセルにしてください』というような具体的なテクニックではなく、ブランドコアを踏まえた抽象的な考え方を語ったり、制作会社を紹介したりと、最終的には自走できるようなサポートをするようにしています」と藤吉。

清水もまた、ブランドガイドライン策定にあたって、アイコンからポスター、グッズまで、さまざまなモックやひな型も意識して多く制作したと語ります。「どういったビジュアルをつくるとよいのか、ロゴや書体単体ではなく、世界観が伝わるようなサポートを心がけています」

リブランディングという一大プロジェクトに挑んだクラシル。約9カ月にわたるTakramとの道のりを、坪田さんはこう振り返りました。「今回のロゴリニューアルはグラフィックだけを変えるという話ではなく、会社のメッセージをブランドに乗せたいという意図がありました。だからこそTakramにブランド設計も含めて発注したのですが、ここまで向き合ってくださったのがよかったです」


ここからは、当日いただいた質問の一部にお答えしていきます。

Q:坪田さんが外部への発注にあたってTakramを選ばれた理由を教えてください。
dely・坪田さん「今回はコンペティションではなく、Takramを指名しました。普段は海外のエージェンシーに頼むこともありますし、こうしたプロジェクトには松竹梅いろいろな値段設定がありますが、デジタルサービスやベンチャーを理解していて、伴走型でブランド設計もできる会社がTakram以外に思いつかなかったからです」

Q:このプロジェクトにおけるいちばんのチャレンジはなんでしたか?
dely・坪田さん「アイコンのモチーフを大幅に変えたことです。発表するまでひやひやでしたね。CMなどを通してアイコンの認知度が高かったので、本来ならば旧来のアイコンをちょっとだけアップデートすることがセオリーです。ただ、ブランドを育てることとビジネスモデルを変えることを第一に考えていたので、結果としては大幅に変えたことで最高のアセットになったと思います」

Q:ユーザーからの反応はどうでしたか? 大きくリブランディングする場合、いままで愛着をもって使っていたユーザー、特にクリエイターが離反するリスクが気になりました。
dely・坪田さん「リスクはありますが、これはやりかた次第だと思っています。今回はクリエイターの方々に発表前にデザインをお見せするなど、巻き込み方を工夫しました。一方的にいきなり変えるのではなく、『こういうふうに変えようと思っていますが、どうですか?』というキャッチボールを1、2回挟むことで、この変化にはその人も関わっていると感じてもらうためです。また、一緒にリブランディングを盛り上げてもらうために、ノベルティーグッズのパッケージをつくって主要なクリエイターの方々にお送りしたりもしました。すると、リリース当日にみなさんが動画やInstagramのストーリーズにあげてくださったりしたんです。そうして数カ月かけて、徐々に浸透させるようにしました」

Takram・藤吉「誰がどんなデザインをしても、リブランディングではネガティブな声が出てくるものです。ただ、クラシルの場合はポジティブの波にネガティブが押し消された印象がありますね。それは、クラシルにとっての重要なステークホルダーであるクリエイターの方々と丁寧なコミュニケーションをとっていたからこそだと思います」

藤吉 賢|Ken Fujiyoshi
デザインストラテジスト / ディレクター
さまざまなテクノロジーのアプリケーションの可能性を模索し、文化的実験に取り組む。日本でエンジニアリングを学んだ後、英ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでデザインを学び、イノベーション・デザイン・エンジニアリングの修士号を取得。Takram London参加を経て、2020年東京に拠点を移す。デザインの美的観点の追求だけでなく、テクノロジーの文化的、社会的、歴史的背景の探求を行なう。

清水万里合|Maria Shimizu

アートディレクター / グラフィックデザイナー
ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン (RISD) を卒業後、TBWA\HAKUHODOにてデザイナーとしてNISSAN、UNIQLO、McDonald’s、 P&G等のクリエイティブを担当。グラフィック、CM、MV、プロダクトデザイン、パッケージデザインなど幅広い領域で活躍する。Young Spikesデザイン部門ゴールド受賞、Young Cannes Lionsデジタル部門日本代表、Young Spikesインテグレーテッド部門日本代表、Young Cannes Lionsメディア部門シルバー受賞、釜山国際広告 U30部門 NEW STARSなど受賞多数。2021年よりTakramに参加。


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