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カメカメエブリボディ

三ケ日用水では鯉が増殖していた。
誰かが放したのか、さもなければどこかから逃げ出したに違いない。
放流したという話はしかし、聞いたことが無い。
浅くて食べる餌も無さそうな用水路なのに、鯉は増える一方だった。

…と思っていたのだが、鯉の群れの中に異物が混じっていることもあった。
亀だ。
よそ者という感じではなく、異形なれど仲間なりという風情で、ごくごく自然に鯉の群れに馴染んでいる。
そんな事実に気が付き始めてから、どのくらい経ったろう。

今僕は、三ケ日用水の南月影小学校に沿った辺りを歩いている。
日増しに亀が増えて、今では鯉よりも亀の方が多いくらいだ。

「お~い、たこやまさん、生きてたんか。
久しぶりだねえ」

自転車に乗ってやって来たのは、ホームレスの印旛さんだ。
愛車はプジョーの青いマウンテンバイク。
前歯がほとんど無いけれども、年齢は不詳で、ファッションも持ち物も偉くお洒落なのだ。

「なんとか生存してましたよ。
これからも、亀みたいにだらだら長生きするかもしれません」

「亀、増えたよねえ」

「そうなんですよ。
日を追うごとに増えて、今は鯉より目立ちますよね」

「あいつら、鯉を食ってるんだよ。
何度も見たから間違い無い。
一緒にいて腹が減ると食っちまうのさ」

「へえ、そうなんですか。
カミツキガメみたいな獰猛な種類でもないのにねえ」

「そのうち亀だけになっちまうよ、きっと」

そう言って去っていく印旛さんの背中は、甲羅になっていた。

用水路沿いの道を外れて、明和公園脇の道に入る。
ウォーキングやジョギングの人を中心に、昼日中にしては人が多いような気もする。
そう思ってよく見ると、純然たる人間は少なく、大半が亀になりかけていた。
中には完全に亀化している者も交じっていた。

さすがにちょっと不安になってきて、家に着くと、鏡を見るために洗面所に駆け込んだ。
自分の顔が好きではないので普段、鏡は見ないようにしている。
久々に見る僕は、顔が鯉だった。

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