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スカイモンキー

猿回しがやって来た。
駅前広場の一角だ。
「スカイモンキーショー」と看板が出ている。

猿は空君というらしい。
空君のパートナーは若い女性で、空君とお揃いの青い法被を着ていた。
法被には、空という字が白抜きされている。

パートナーとのやり取りを中心に、竹馬や玉乗りなど、よくあるパフォーマンスが中心だが、バク転やジャンプなど、空中技が得意のようだ
人垣ができていたので、細かいところまでは見えなかった。

その翌日、始発電車に乗るために、午前5時前に最寄り駅に着く。
ほの明るくなったばかりの駅前広場で、早くも「スカイモンキーショー」をやっている。
リハーサルだろうか。
それとも特訓だろうか。
いずれにしても、主役以外は僕ひとりだ。

少し余裕を見て家を出たので、始発にはまだちょっと時間がある。
リハーサルだか特訓だか朝一番の本番だかわからないそのパフォーマンスを、しばらく眺めていた。

一通りのパフォーマンスを終えると、空君が急に動かなくなった。
猿ながら猫背みたいに俯いたなり、じっとしている。
疲れたのだろうか。
それとも、拗ねているのだろうか。
パートナーの女性にはしかし、なんの動揺もない。
怒るでもなく、静かな表情で空君を見守っている。

しばし待つと、固まったままになっている空君の背中に、ぱりぱり小さな音を立てて罅が走った。
蛹から羽化するように、背中が割れる。
中からはしかし、いくら待っても何も出てこない。
最後まで見届けたかったが、始発の出発時間が迫っていたので諦めた。

次の日は、午後になって出かけた。
駅前広場ではその日も、「スカイモンキーショー」をやっていた。
ところが、空君の姿は見当たらない。
パートナーの女性だけがいて、携帯椅子に腰かけている。
目の前には箱があり、その上に何やら白っぽい粉の入ったビニール袋を並べている。

「あのう…すみません。
スカイモンキーショーは…」

「恐れ入りますが、しばらくお休みになります。
主役が空に帰ってしまったもので」

「でも…看板出てますよね?」

「副業です。
サイドビジネスですね。
スカイモンキーの卵を販売してるんです。
おひとついかがですか?
この粉末を水に入れるだけでOKです。
卵と餌が一緒になってるんですよ」

この手のものが僕は好きだ。
この手のものを僕は疑わない。
余計な詮索はせずに、さっそくひとつ購入した。
千円だった。

さあ、どんな代物が育つのか楽しみだ。

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