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マンホールマン

監視されている。
姦視かもしれない。
見られていることは確かだ。

この数日に始まったような気もするし、以前からあったような気もする。
いずれにせよ、はっきり意識するようになったのは最近のことだ。

ほら、今も誰かが見ている。
感じるのだ、背中に視線を。

振り返る。
誰もいない。
右も左も近くも遠くも、誰もいない。

ただひとつ、気になる物があった。
歩道の少し離れた所にあるマンホールだ。
浮き上がっているように見えるのだ。

駆け寄ってよく見ると、確かに浮き上がっていた。
10センチくらいだろうか。
しゃがみ込んで、脇から隙間を覗いてみる。

目が在った
目が合った。
確かに一対の目に違いない。

と思った時にはもう、蓋が閉まっていた。
簡単に開けられないことは、見ただけでわかった。
諦めて、道を急ぐ。

駅前の広場に来ていた。
ここはマンホールが多いので、警戒心が募った。
思った通りだった。
けれども、思った以上でもあった。

目の前でひとつ、マンホールの蓋が持ち上がった。
一対の目が、こちらを睨む。
その蓋はすぐに閉じてしまったが、今度は右の方で蓋がひょいと持ち上がる。
陰鬱な目が光っていた。
その蓋も、すぐ閉まってしまった。

その後は、モグラ叩きのようだった。
どこかで蓋が空いて、目が光ったかと思うと、すぐ閉まっては、別の場所に移る。

大きなトンカチでもあれば叩きたいところだが、僕は小さなトンカチさえ持っていなかった。
そして何より、体が硬直して動けなかった。

元々多かったマンホールが、更に増えたような気がする。
あちこちでマンホールの蓋が、ぱかぱか喚いている。
しまいには、沸騰した鍋蓋が一斉に叫んでいるみたいになった。

逃げ出したい、逃げ出さなければ。
必死でそう念じていると、体が突然爆発したかのように、硬直が解けた。

全力疾走で駆け出す。
時を移さず、体がふわっと浮き上がり、何もない空間に投げ出された。
開口していたマンホールに、吸い込まれたのだ。

それからずっと僕は、闇の中をさまよっている。
頭上に蓋を見つけると、頭と両手の三点で、必死に持ち上げようとする。
10センチくらいまではなんとかなるのだが、それ以上は無理だ。
諦めて弱々しく、頭を下げるしかない。

僕に持ち上げられる蓋は、どこにあるのだろう…

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