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蜜の壺

古民家というほどノスタルジックではないが、昭和っぽい木造の二階家だ。
庭は無く、道路からちょっと奥まった所に、引き戸の玄関がある。

玄関の前を通る時に、スキンヘッドの男をよく見かける。
大駱駝艦みたいな、舞踏集団でも住んでいるのだろうか。

スキンヘッドの男が入っていくのを見ることはしょっちゅうなのだが、しかし、出てくるところを見たことは一度も無い。
スキンヘッドを吸い込む、スキンヘッドホイホイなのだろうか。
まさか…。

毎日のように通る道だ。
妄想とは思っても、気になり始めると、色々とバカなことを考えてしまう。

そんなある日、その家の前を通ると、玄関の前におかっぱのおばあさんが立っている。
目が合うと、無言で手招きをした。
意表を突かれたが、不穏なものは感じなかった。
近づいてみる。

「待ってたんだよ。
さあ、お入り」

これも全く予期しない言葉だった。
それでいてなぜか、その言葉に従うのはごく自然なことのような気もする。
僕は当然のように、中に入った。

広々とした和室に通された。
薄暗い中、中央に掘り炬燵があるほかは、それといって目立った物は無かった。
促されて、席に着く。

信楽風の筒形の茶碗が、目の前に置かれる。
中には、香の無い透明の液体が入っている。
お湯ではないようだった。

「まずは、さあ、ひと口召し上がって」

お茶だろうか。
毒やら眠り薬やらが入っていないとも限らないが、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
なるようになれ…流れに身を任せてしまうのが心地よい。

ひと口飲む。
なんだ、これは?
舌にやさしい包み込むような甘さだった。
後を追って旨味が染み入る。
うまいとか、おいしいとかを超越した口福感なのだ。

「これは、なんですか?
蜜の一種かなあ…?」

「甘露だよ。
不老不死とまでは言わんけど、美味にして滋養満点のスーパーフードさ。
そら、上を見てごらん」

促されて上を見る。
薄暗くて、俄かにはわからなかったが、二階は無く、吹き抜けになっていた。
そして高い天井では、無数の白いボールが犇めき合っている。
よく見ると、全裸のスキンヘッドが逆さまにぶら下がっているのだった。

「な、なんですか、あれは?
パフォーマンスの特訓かなんかですか?」

「カンロニンだよ」

「カンロニン?」

「あんたが飲んだ甘露をね、蓄える役目の連中さ。
あんた、ミツツボアリって知ってるかい?」

「え、ええ…昆虫好きなので、聞いたことはあります」

「蜜を腹に貯える蟻がいるだろう?
あれとおんなじ連中さ」

カンロニンとは、甘露人ってことだったのか。
目を凝らすと確かに、スキンヘッドたちの腹部は不自然に膨れていた。

「採集役は秘密の場所を探って、ある方法で甘露を採取するんだけどね、このところなぜか、年々見つけにくくなってるんだよ。
このままじゃ将来が心配だから、せっせと蓄えてるってわけさ。
その分、甘露人も増やさなきゃならないんだけどね、人材不足でこちらの適材も、なかなか見つからなくてねえ」

話ながらおばあさんは、僕の顔の前に手鏡を差し出す。
刈った記憶など全くないのに、頭はスキンヘッドになっていた。

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