見出し画像

ピンクスタンプ

宅急便を出しに、きねやに来た。
元は酒屋だったらしいが、今は様々な食品や日用品も売っている。
万屋とコンビニの中間みたいな店だ。

きねやの坊やが先客の対応をしている。
坊やとはいっても、もういい歳だが、先代が亡くなる前からのお客さんは皆、そう呼び慣らしていた。

先客は、ほぼ90度に腰の曲がったおばあさんだ。
見かけは、絵に描いたような婆さんだが、声も口調も若者以上に若々しい。
買い物ついでに、何やら世間話をしていたようだが、荷物を手にしている僕に気が付くと、

「あら、ごめんなさいね。
すぐ終わるからね」

既に精算は済んでいるようだった。
牛乳パックを受け取って、おばあさんが去ろうとすると、坊やは、

「あっ、おばあさん、ピンクスタンプ」

そう言って、レシートとピンクの切手みたいなものを差しだす。
なんだろう?
気になった。

宅急便の精算が済むと、坊やに訊ねてみる。

「ピンクスタンプって、なんですか?」

「ああ、グリーンスタンプの代わりですよ」

きねやは以前、グリーンスタンプに加盟していたのだが、紙のスタンプからポイントへの移行を機に脱退した。
長年のお客さんの中にはしかし、買い物のたびにグリーンスタンプを欲しがる年配の人も少なくなかった。
そこで坊やは、きねやオリジナルのピンクスタンプを作ったのだった。
既に手元にあるグリーンスタンプも、ピンクスタンプとして使うことができる。
交換できる商品やサービスも、坊やが独自に考えて、簡単なカタログまで用意した。
なかなかマメなのだ。

「欲しかったら差し上げますが、どうします?」

集める気は無かったのだが、記念にもらっておくのもいいかなと思った。

「せっかくですから、いただいておきます」

シートになった10枚のピンクスタンプが、坊やの手で差し出された。
きねやのシンボルになっている兎を、かわいくアレンジしたようなデザインだった。

「あれ?
なかなかかわいいじゃないですか」

「ありがとうございます。
僕がデザインしたんです」

ちょっと得意げな表情は、アラ還とは思えないほど愛らしかった。

「台紙も差し上げましょうか?」

一応もらっておくことにした。
集めるつもりはなかったけれども、気が変わって集めることになりそうな気もしないではなかった。

この記事が参加している募集

#自己紹介

230,907件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?