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雲の意図
蜘蛛の糸だろうか。
芥川公園の入り口に人柱が立っていた。
人柱といっても、人身御供のことではない。
文字通り、人の柱だ。
無数の人が天に向かって、垂直に連なっているのだ。
揺れているようにも見えるが、気のせいかもしれない。
人そのものが蠢いているようにも見えるからだ。
厚い雲が低く垂れ込めている。
人柱はその雲の中に消えていた。
近付くと、地上5メートルくらい、下から4人目の所に、伊庭さんがいた。
付かず離れずながら、随分長い付き合いのある、推定五十代のホームレスだ。
「伊庭さ~ん、何してるんですか?」
「ああ、たこやまさん、こんにちは。
自分でも何が何やらわかんないんだけどね、気が付いたら、ぶら下がってたんだよ」
「ぶら下がってるって、紐かなんかですか?」
「えっ、見えないの?
糸みたいなもんだよ」
細いからか、透明だからか、いくら目を凝らしても見えない。
「ええ、見えませんねえ。
切れたりしないんですか、こんなに大勢寄ってたかって」
「俺も心配なんで、先客に訊いてみたんだけどね、みんな何も知らないんだよ、俺と同じくらいのことしか。
あっ、今みんなって言ったけどね、実はみんなに訊いたわけじゃないんだよ。
糸にしがみついて、しばらくすると、喋れなくなっちゃうんだってさ。
俺は今朝しがみついたばかりだから、まだ大丈夫なんだけどね」
よくわからないが、危なさそうなことは確かだった。
触らぬ糸に祟り無し。
僕は伊庭さんに簡単な挨拶をして、そこを去った。
気になって仕方が無かったが、自分の性格から言って、好奇心に負けることは目に見えていた。
しばらくは、公園の入り口を避けて通るようにしていた。
三日後にはしかし、誘惑に負けてしまった。
人柱は4本に増えていた。
伊庭さんは相変わらず、同じ場所にしがみついている。
「伊庭さ~ん、その後、お元気ですか?」
返事は無い。
そういえば、時が経つと喋れなくなるって言ってたっけ。
伊庭さんももう、固まってしまったのだろう。
近づいてよく見ると、目を閉じて眠っているような様子だった。
じっとして、動かない。
息をしているのかどうかも、わからない。
たた、死んでいるようには見えなかったし、見ようによっては幸せそうな表情でもあった。
「お~い、たこやまさ~ん」
背後で呼ぶ声がする。
別の人柱の一番下に、声の主がいた。
きねや酒店の主だ。
「どうしたんですか?
きねやさんまで…」
「いやね、きのうは定休日だったんで、散歩がてらにここに来て、つかまっちゃったんですよ」
「つかまったって、どういうことですか?」
「天から糸が垂れててね、人がいっぱいたかってるわけですよ。
ほら、ご存じですか、蠅取り紙ってあるでしょ。
あれみたいなもんですよ。
で、感心して見てたら、なんだか急に、あたしも飛びつきたくなりましてね。
下の方にまだ余裕があったんで、さっそく…。
そしたら、もう、離れられなくなっちゃって…」
怖くなって僕は、辞去することにしたのだが、この先もずっと蜘蛛の糸に搦め捕られない自信は、あまりない。
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