へそ
インドア派というのか、引きこもりというのか、自然の光を見ることはあまりなかった。
ところが、今年の夏は違っていた。
日を浴び、風にさらされることが多くなった。
きょうも外に出た。
公園脇の道は樹木が多く、人通りが少ないので、日盛りでも涼しい。
時折、木漏れ日に弄ばれながら、ゆっくりと進んで行く。
公園脇から用水路沿いの道に入り、少し行くと駅前通りに出る。
急に人が多くなる。
今の時間だと、行く人と帰る人とどちらが多いのだろうか。
もっとも、自分とは反対の方に向かっているからといって、帰る人だとは限らない。
駅に向かう人がもしかしたら、帰宅途中なのかもしれないように…。
視線が突き刺さる。
自分にはどこか、変な所でもあるのだろうか。
それとも単に、自意識過剰なだけなのか…。
駅が近づくにつれてますます、人混みは濃くなる。
それにしても、今年は格別に暑いせいか、へそ出しルックが流行っているみたいだ。
「あら、おめかしして、デートかしら?」
突然の嬌声は、権田原さんだった。
同じマンションの元気なおばさんだ。
駅の界隈で買い物をした帰りらしい。
権田原さんも、パンツにTシャツのユニクロっぽい軽装だったが、へそは出していなかった。
簡単な挨拶を返しただけで、立ち止まることなく道を急ぐ。
昼と夜の間の中途半端な時間なのに、駅の構内は意外に人が溢れている。
白黄青水色黒黒グレー白ピンクオレンジ多色…様々な色が目の前を通り過ぎる。
改札を抜け、ホームに出て、電車を待つ。
すぐに電車が来て、乗り込む。
エアコンが、かなり効いている。
席は結構空いていたので、隅の方に座る。
目まぐるしい人いきれのせいか、疲れた。
眠りの中に沈んでいく。
目が覚めた。
電車の中ではない。
駅の構内でもない。
どこかわからないが、室内であることは間違いない。
温白色の光に包まれている。
穴がある。
黒っぽい小さな穴だ。
近づいていく。
あるいは、近づいてくる。
さもなければ、その両方だ。
産毛のようなものに囲まれている。
へそだ。
そう、思い出したぞ。
自分もまた、へそだった。
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