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サンタワー元住吉

高さは400~500メートルだろうか。
100階建てのマンションだ。

細くて高いビルを鉛筆ビルと称したりするが、このサンタワー元住吉は鉛筆そのものだ。
20平米以下のワンルームマンションが、1階の玄関フロアーの上に99個積み上がった造りなのだ。

上河内先輩の部屋は、この最上階にある。
以前勤めていた会社の先輩だが、ちょっとした企画仕事を頼みたいとのことだった。

部屋は六角形。
六つの壁の一つにドアがあり、ドアを開くとすぐエレベーター。
もう一つのドアは、3点式ユニットバスだ。
壁の一つ置きに、三つの窓がある。
ベッドがあって、家具調度は必要最低限だった。

「住み難いことこの上無しなんだけどね、何しろこの高さだから、景色だけは申し分無いんだよ。
富士山も、東京タワーも、スカイツリーも見えちゃうんだからね。
ただ残念なことに、きょうはほら、こんな天気だから…」

雨は降ったりやんだりだったが、とにかく湿度が高くて、もやっとした日だった。

「僕って、よほど行いが悪いんでしょうね」

「まあまあ、こういうこともあるから、またお出でよ。
今度は天気のよさそうな日を選んでね」

部屋は全室塞がっているという。

「どんな人が住んでいるんですか?」

「さあ…情報が無いからねえ」

「エレベーターで、ほかの階の人に遇ったりしたことないんですか?」

「それが、一度も無いんだよ。
契約上は一室独りしか住めないことになっているから、僕のほかに98人いるはずなんだけどねえ。
エレベーター自体は、大人が4人くらい乗っても大丈夫なんだけども、誰かが乗っているとわかるから、みんなかち合わないようにしてるんだろうね」

打ち合わせを終えて、辞去する。
高層の割に、決して高速とは言えないエレベーターで、1階に降りる。
急いでいるわけでもなかったのだが、なんとなく気が急いて、そそくさとサンタワー元住吉を後にする。

少し歩いたところで、後頭部に圧力を感じる。
圧力と言うよりも、引力と言った方がよい。
文字通り、後ろ髪を引かれているような感じなのだ。

振り返る。
サンタワー元住吉の2階から99階まで、こちらに向いたすべての窓が開いて、すべての窓から顔が覗いていた。
その顔はどれも、窓いっぱいに広がっていた。
縦横1メートル以上はあるはずだ。
どの顔も笑っているように見えたが、どの顔も無表情にも見えた。

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