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サルスベリ

サルスベリの紅い花が満開だ。

「本当に滑っちゃうような、お間抜けな猿なんているのかな?」

幸太郎君が言う。

「やってみれば?」

新次郎君が口を挟む。

「俺は猿かよ?」

「…みたいなもんじゃないか?」

「まあ、そうかもな。
まだ進化途上、猿の段階で、伸びしろしかないからな。
よし、やってみよう」

幸太郎君は、跳び付くようにサルスベリの幹に抱き付き、するすると登って行く。
お見事だ。
結構上の方まで行くと、そのまますぐ、するすると降りて来て、身長の高さくらいのところまで来ると、さっと飛び降りた。

「俺、木登りって、わりと得意なんだよね」

ドヤ顔の幸太郎君。

少し離れた所に、気になる木があった。
姿はサルスベリに似ているのだが、やはり満開の花は真っ黒なのだ。

近づくと、プランツタグが付いていて、「サドスベリ」と明記してある。
聞いたことのない名前だ。
サルスベリと近縁、さもなければ、たまたま似ているけれども別の種類なのかもしれない。
いずれにせよ、幹はサルスベリ以上につるつるしていて、木登りが難しそうな感じだった。

「おっ、この木もいいね。
登ってみせようか?」

さっそく幸太郎君が言い出した。

「よっ、猿太郎、やれやれ~!」

新次郎君が煽り立てる。

幸太郎君は、こちらも苦も無く登り切った。
そして、

「君はどうなの?
人にやらせるばかりじゃなく…」

と新次郎君にけしかける。

「わかったわかった。
やってやろうじゃないか」

新次郎君は、ぎこちなくサドスベリに抱き付くが、一向に前に、つまり上に進めない。

「つるっつるじゃないか、これは無理だよ」

ぶつぶつ言いながら、何度か挑戦するが、とうとう諦めてしまった。

「降参。
木登りじゃ、幸太郎君には敵わないってことさ」

サドスベリのすぐ脇に、これまたサルスベリに似た木があることに、僕は気が付いた。
花は紫色だ。

「ねえ、新次郎君、この木でリベンジしてみたら?」

と僕が提案する。

「もしかしたら、木のせいかもしれないよ。
木登りにも相性があって不思議はないからね」

「よっしゃ」

やる気になった新次郎君、ちょっとした準備体操をして、気を入れて木登りに挑戦する。
かなり苦労はしたが、今度は頑張った。
少しずつ少しずつ、じわじわと幹を登り切った。

「さあ、こんどは幸太郎君の番だよ。
まあ、まさか登れないってことは無いだろうけどね」

ところが、その、まさかだったのだ。
木登りが得意なはずの幸太郎君だったのに、なぜかこの木だけは、まるで歯が立たなかった。

「変だなあ、催眠術にでも掛かったみたいに、体がうまく動かないんだよなあ…」

その時僕は、その木にもプランツタグが付いていることに気が付く。
「マゾスベリ」という名だった。

ふたりに続いて今度は、僕にもお鉢が回まわってくるだろう。
サドスベリとマゾスベリ。
どんな結果になるのだろう…

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