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鳥葬

鳥葬に憧れていた。
鳥に食われて天に昇る。
こんなに自然な最期はないではないか。

ネパール北部、チベット国境の山岳地帯に位置するムスタン。
その地の鳥葬のドキュメントをテレビで見た。
ハゲワシが舞い、集い、死体を食らう。
そして人は、自然に還っていく。

近頃は、自然葬に関心が集まっている。
ネットで検索してみると、樹木葬や海洋葬ならば、資料には事欠かない。
それでも、やはり、鳥葬を扱うサイトは見当たらない。
参考資料として、ちょっと触れる例があるくらいだ。

諦めようとした時、あるサイトが気になった。
自然葬をメインとするサイトだったが、樹木葬や海洋葬の説明に続いて、こう注記されていたからだ。

『ほかにも様々なプランをご用意しております。
どんなご要望にも応じますので、お電話でご相談ください。』

それは超葬舎という葬儀社のサイトだった。
さっそく電話してみた。

「鳥葬でございますね?
できないことはございません。
ただ、国内では認められておりませんので、お金も時間も、それ相応にかかることになります。
もしよろしければ、詳しくご説明させていただきますので、当社の事務所までご足労いただけませんか?」

アルトボイスの落ち着いた女性の声が答えた。
そこでさっそく、超葬舎を訪ねることにする。
指定されたのは、夜の8時という変な時間だった。

銀座の裏通りの鉛筆ビルの2階に、超葬舎はあった。
銀座の裏通りには意外に、そういう地味で小さい事務所やレンタルスペースやギャラリーがあったりする。

古いエレベーターで2階に上がると、すぐ目の前に事務所の入り口がある。
ノックして中に入ると、正面の奥にだけ窓のある、ワンルームの応接だ。
壁は全て白く、家具は全て黒い。

黒縁メガネを掛けて、髪をひっつめにした、年齢不詳の大柄な女性が迎えてくれた。
応接のソファで、向かい合う。

「私どもは、あくまで裏方です。
差し当って必要な物品もございませんので、事務所はかようにシンプルな作りで十分なのです。
必要に応じて、タブレットやパソコンでご説明することになります」

「さっそくですが、電話で申し上げました通り、自分の葬儀を鳥葬にしたいわけでして…」

「ご予算に応じて、いかようにもプランニング可能でございますが、もし鳥葬にこだわらないのであれば、ぜひお勧めしたいプランがあります。
ご覧になってみます?」

「それは自然葬的なものですか?」

「ええ、しかも鳥葬から、さほど遠くないかと存じます。
猫はお好きですか?」

「え…?
ええ、まあ、大好きですけど…」

「では、こちらへどうぞ」

女性の指示に従って、立ち上がり、窓の方へ行く。

シャッターが上がる。
窓の下は小さな中庭みたいになっている。
真っ暗だ。
いや、闇の中に光るもの。
目だ。

女性が窓を開ける。
闇を覗き込むと、無数の目が蠢いていた。
猫の泣き声がした。

「鳥の代わりに猫でよろしければ、すぐにでも手配できます。
猫葬でございますね」

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