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架空の会話 #1『誓いのディープキス』

✳︎ここは、どこにも存在しないファミレスのボックス席。これは、どこにも存在しない会話——

咲花:新郎が、舌、入れちゃったんだよ。
苑子:え?
咲花:誓いのキスで、舌。
苑子:え、なんで。
咲花:愛の強さを表現するにはそれしかないだろと思って、アドリブでやったらしい。
苑子:え、示し合わせてないの?
咲花:示し合わせようとしたら絶対に中止すると思う。
苑子:たしかに。
咲花:それで、新婦もそれに応えちゃったんだよね。
苑子:え?ディープキス成立してるじゃん。
咲花:そうなんだよ、誓いのディープキス。世にも珍しい。
苑子:何秒くらいあったの?
咲花:1分間くらいかな。
苑子:え、1分間、みんな固唾を飲んで見守ったっていうこと?
咲花:まあそりゃ、最初はそういう演出な可能性もなきにしもあらずだし。
苑子:そんなわけないでしょ。
咲花:神父も何やってたんだろうね、口ポカンって開けたまま固まっちゃって、給料泥棒だよあれは。
苑子:神様が許したのでは。
咲花:その説はある
苑子:それで?
咲花:30秒くらいかな?みんな催眠術が解けたみたいになってはっとして、顔を見合わせたり、ボソボソしゃべり始めたりした。それで、1分くらい経ったとき、最後に正気に戻ったのは新郎のお父さんだった。つい5分くらい前に新郎にジャケット着せたお父さんが『いい加減にしろ!』て叫んで。
苑子:うわ。
咲花:そしたら、今度は新婦のお父さんが『いい加減にしろとは何だ!』って叫んで詰め寄ったの。
苑子:え、なんで
咲花:新郎新婦の父親同士がめちゃくちゃ仲悪かったらしいのね、そのいろいろがその場で爆発したらしい。
苑子:そんなことある?ていうか満場一致でディープキス止めにかかる場面でしょ
咲花:止める気がなかったんだなあ新婦の父親は。新婦が舌入れに応えたのはなんでだと思う?
苑子:し、舌入れに応じたて…え、流れに逆らえず...て感じじゃないの?
咲花:新郎と同じことを考えてたんだよ、ディープキスをすることこそが、本当の愛を誓うことになるって。2人の愛を強めることになるって
苑子:そりゃ結婚するわ...
咲花:そう、そうなんだよ、で、新婦のお父さんもまあ同じこと考えてたから、彼だけは1分間、そのディープキスを見て『いいねえ』と思ってたみたいで
苑子:キモ
咲花:で、『いいねえ』って思ってたのに嫌いな男がキレちゃったから、なんかもう爆発して、言い返しちゃったんだよね。
苑子:何も納得できないけどそうなんだ。
咲花:それで、新郎の父親が殴りかかった。
苑子:え、ええ
咲花:それが空振りして、そのまま父親が地面に頭打って、そこに新婦の父親が膝、顔面に入れた。
苑子:なんで膝入れた?
咲花:そしたら新郎の父親のめがねが壊れて鼻血も出て、それで新郎の父親は新婦の父親の足に噛みついて、そしたら前歯が折れたのね。差し歯だった。
苑子:結婚式の話だよね?
咲花:そのとき、やっと新郎新婦はキスをやめて、状況を把握した。
苑子:結婚って2人の問題じゃなくて家族同士の問題だよね?
咲花:それでまあ当たり前だけど式は中止になって、新婦の父親は警察のお世話になって、新郎の父親は救急車で運ばれていった。わたしたちは待機場所みたいなところで待たされた、証人だからね。事情を聞かれた人はみんな、『新郎新婦がディープキスをして』っていうところから説明しないといけない。歴史上初めての回答だったと思う。
苑子:警察も調書にそれ書くってこと?書くか。
咲花:そうだね。書くね。それがなければ喧嘩にはならなかったもんね。

苑子:新郎新婦はどうなったの?
咲花:普通に暮らしてる。もとの二人の結婚生活に戻ったよ。そんなアホなことする割にコンサル同士のパワーカップルだから、式のキャンセル代とかも、ご祝儀さえあればなんとでもなるらしくて。新婦からも『何祝ったかよくわからん感じになっちゃったけどご祝儀はいただいておくね~笑、婚姻は、しておりますので!!』つって、例の婚姻届に指輪重ねるあれあるじゃん?あの写真付きで結婚式用のグループLINEに連絡入ってた。
苑子:まあ、祝うのは結婚式の開催ではなくて2人の結婚だもんね。
咲花:夫婦って究極に二人から始まる営みじゃん、それをその人たちだけのものにさせないため、っていう意味で、さっき苑子が言った通り、結婚は家同士のものだよ、そしてそれは公認のものですから、っていうので二人だけのものをたった1日限定公開!するのが結婚式なわけじゃない。まあだから二人はディープキスしてくれたのかもしれないんだけど。
苑子:でも親が暴れたから...
咲花:そう。二人は二人だけの関係に着地したんだよね。だから多分、あまりしがらみもないし、どっちかがダメだなと思ったらあっさり別れるんだろうし。それで、『結婚式ではあんなにキスしてたのに』って言われるところまで織り込み済みだと思う。
苑子:てか、関係ないけどキスってそんなに愛を表すものだったかね。
咲花:そうなんじゃない?やっぱりくちびるとくちびる、ですから。
苑子:もの食べるところ同士をくっつけたら興奮するようにできてるの、なんなんだろうね。咲花:確かに、キモいよね。性欲周りのことって全部キモい。
苑子:性欲まわりて。まあでも、新郎新婦がその感じなら、とりあえずは一件落着、なのかな?
咲花:新婦のお父さんが失業しちゃったけど、まあそこは新婦が面倒見るらしいわ。
苑子:すごいね。

咲花:それで、ここからが本題だけど、その待ち時間に出会ったのがこの前LINEした彼なのね。
苑子:え、あ、そうか!結婚式で、出会った、って言ってた!
咲花:そう、名前はタナカ・マサヒロくん。
苑子:え?田中将大?
咲花:同姓同名。
苑子:マー君じゃん。
咲花:絶対に呼ぶなって言われてる。
苑子:ははは。
咲花:いろいろ起こりすぎて忘れてたけど、わたしは新婦側友人としてほかに知り合い全然いなかったのね。グループLINEもちょっと気まずかったんだけど。それで待ち時間もふわふわしてたら、事情聴取されてたらしいタナカ・マサヒロくんがこっちに来たの。『聴取受けたんですか?』って聞いたら、『新郎新婦がディープキスしてって答えました』って笑って、かわいい笑い方するな、なんか、くしゃあ、って、って思った。
苑子:咲花、笑い方フェチだもんね。
咲花:うん。やっぱね、それで人間性全てわかりますからな。それで、話聞いたら彼も新郎側で知り合い全然いなくて、予定空いちゃいましたねってことになって、居酒屋行った。
苑子:映画みたいだね。
咲花:タナカ・マサヒロくんは、
苑子:ちょっと待って、フルネームで呼んでるの?
咲花:あ、うん。マー君って呼ばせてくれないからさ、それでもおもしろ要素がほしくて、どうしても
苑子:めんどくさいからわたしはマー君って呼ぶわ。それで、マー君にどう口説かれたの?
咲花:好きな食べ物はなんですか?って
苑子:え、盛り上がってなくない?
咲花:かわいくない?
苑子:え、あ、うん
咲花:可愛いなあって思っていろいろ話した。そしたら、名前のせいでピッチャー以外やらせてもらえないみたいな話し始めて、わたしマー君は知ってる、Paboの里田まいと結婚した人、でも野球はよくわからないって言ったら、『そしたら咲花さんの好きな話してください、僕はずっとうんうんと頷きます』って言われた。その宣言なしにね、うんうん頷かれてたらつまらない場合あるじゃん?でもあえて宣言されるとかわいいのね。
苑子:かわいいんだね
咲花:それで、夕方ごろになって、タナカ・マサヒロくんが『今夕方なんで、多分ラブホ空いてます』って言うから、性欲までかわいいなんて最高すぎると思って、着いて行った
苑子:よかったね…
咲花:それで新郎新婦ばりにめっちゃチューして…
苑子:あーもう今日は、なんか!キスの話もHの話ももういいかな!!
咲花:苑子、SEXのことHって呼ぶんだ
苑子:え、なに…ふつうじゃない?
咲花:わたしは、SEX。エス・イー・エックス
苑子:知らんよ…

苑子:恋、盲目過ぎるでしょ。なんか怖くなったわ。
咲花:こういう気持ちってずっと続かないって分かってるけどさ、その渦中にいざ居たら、一生そのままな気がするわ。
苑子:そうでございますかそれはよろしゅうござんす…
咲花:…あのさ、全然関係ないんだけど。
苑子:ん?
咲花:このコーヒー、めっちゃまずいね。
苑子:いや、ほんとに。うん。なんか今日一で納得すること言われた気がするわ。
咲花:あのさ、スプリット。
苑子:ん?
咲花:最近覚えた言葉、スプリット
苑子:あー、マー君のメジャー時代のウイニングショットね、日本時代は速球で押せ押せだったマー君だけどメジャー行ってからは制球力とスプリットで勝負するタイプになったんだよね
咲花:え、あ、うん
苑子:元カレが野球部だったんだよね
咲花:男の人ってなんでみんな野球好きなんだろうね
苑子:ね
咲花:新婦のお父さんも野球やってたのかな
苑子:これは偏見だけど、野球部は変なところで真面目なので、人前でのディープキスは許さないに一票!
咲花:うわー、わかる、わかるわー
苑子:でもそもそも、誰が観ても誓いのディープキスはドン引きだけどね…そんなの愛じゃないよね…
咲花:愛だからよかったよね、愛って独りよがりだし
苑子:あー、いや、2人よがりだ
咲花:2人…ヨガり、うわなんかエロいな、エロい!
苑子:おまえがな!?

店員:すみませんまもなく閉店のお時間となります
咲花:あっはい
苑子:ラストオーダー言われてないんですけど…
咲花:おい
店員:大変失礼いたしました、申し訳ございません。

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