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映画とわたしたち

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映画及びドラマに関するエッセイ。(昔は批評めいてました)
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記事一覧

『スミコ22』

 どこどん、と日々が過ぎていく。一日の終わりに太鼓の音。毎日1000字近くの日記を書き、雑感なんてとっくに出し切ってしまっているんじゃないのと思うけれど、いざ媒体を変えてみると沸々と湧いて出るのだから一体どれほどの思索を巡らしているのか、とぞっとするよ脳みそ。そりゃ夢でも見ないと情報の整理はやってられないわな。  前の仕事を辞めた今年の1月が遠い昔のようだ。いわゆる(遠い目)のやり方を知った。遠い目で1月を眺める。斜め30度くらい?わたしの場合は左上を見てたらたいがい遠い目

三宅唱 『夜明けのすべて』 -他人の坂を上って下ってみる-

 自転車から見る光景は特別だ。サドルに跨ったゆえの視線の高さ、15km/h前後の独特のスピード、それゆえの絶妙な向かい風。マンションが木になって、電信柱になって、ネットフェンスがしばらく続いて、電車がわたしに目もくれずにゴオオと音をたてて追い抜いていってしまう。その電車を遠くに見やったところで坂を上り終えていて、ふと振り返ると富士山が見えていたりする東京の空。  坂はアップダウンを繰り返す。まるで彼らのままならない体や心の調子のように、上がったり下がったり。山添くん(演:松

今泉力哉『窓辺にて』

 初めて持ったiPhoneはiPhone4Sだった。中学三年生の冬のことだ。その次に買ったのが6Sで、その次が8。そして2年前から使用している12へと至るわけだが、その間わたしは一度も旧Phoneを下取りに出していない。きょーび、TwitterやInstagramのアカウントどころかLINEのトーク履歴さえ引き継げるし、写真だってGoogleフォト上に保存されるのだから、手放してその分のリターンをもらうのが賢いのだろうが、どこか口惜しい。そのくせ、4Sや6Sが今もなおわたしの

『アイスクリームフィーバー』

 昨日も、アイスクリームをこぼした。アイスクリームは夏に食べたい。けれどアイスクリームはアイスクリームであるがゆえに溶ける。そこがたとえ室内で、冷房が効いていたとしてもそこにある冷房はけっしてアイスクリームを冷やすために息を吐いているわけではないから、室内でもアイスクリームはやっぱり溶ける。溶ける前は固形を保っているが、それを保っていられる時間には限りがあってそのあとは大変ベタつくから、コーンをぶん投げる佐保の気持ちもわからないでもない。アイスクリームがアイスクリームでいられ

『aftersun / アフターサン』

 暗室に入らない人生を過ごすわたしたちにとって、チェキを使ってみる行為は写真という事象に最も肉薄する瞬間だと思う。  ほんとうの「写真」は、スマホの「画像」のようにすぐに出来上がるわけではない。チェキ文化に触れてわかることだが、わたしたちの像は時間をかけて定着する。本作の中でも2人で写った写真が色を帯びていくさまにレンズが向けられていた。そうして色づく写真と同じように、私たちにとって親の実像もまた、年月が経てば経つほどその輪郭が明確になっていく。子にとっての親の認知が、偶像

生方美久『いちばんすきな花』 -4人でならやっていける場合-

 一輪の花を差し出されて、必死に口角をあげようとしてみる。花束をもらったときの正解の反応も、「一番好きな花はなんですか?」と訊かれた時の答えも持っていない。それでもそこかしこで花は咲いているし、それどころか咲き乱れるという表現もあるほどだし花屋は同じ駅の中に2件ある、2社が乗り入れている程度のそれなりな駅だったのに2件ある。花に縁がないや。そんなわたしでも、好きな色ならば明確に答えることができる。わたしはとても赤が好き。瀧本緑というペンネームでものを書いてはや2年以上経つけど

兵藤るり『わたしの一番最悪な友だち』

 27歳になっても、面接が苦手なままだった。今日だってキャベツを15分煮込んだりむね肉を削ぎ切りしたりしたけれど、こんなこと転職活動のさなかではとてもできたことじゃなかったと思う。それくらいに面接のある日々というのは憂鬱だし、正直もう、会社員になれたのだから二度と面接をしなくていいとずっと思っていた。思うというか安堵していた、ここ3年ほどは。にもかかわらず欲をかいて、やれキャリアアップだと志してしまったばかりに「いちばん」苦手な行為であるそれとわたしは再び対峙していた。  

愛憎芸 #29 『リズと青い鳥』

 iPadでタイピングするのが面倒臭くなって、音声入力を試したら正確に聞き取ってくれた。音声入力というと見当違いな聞き取りをされて使い物にならないという10年前からのイメージがいまだに染みついているが、思い返せばわたしはもう1年ほど、毎日のようにアレクサに話しかけ明日起きる時間のアラームをセットしているのだった。そりゃ、「松任谷由実」くらい聞き取れるよなと思ったが、わたしが聴きたかった『やさしさに包まれたなら』は荒井由実時代の曲だった。けれどもSpotifyのAIはしっかりし

『君たちはどう生きるか』

 わたしにとって「物語」そのものの原初イメージはそれこそ森の中にたった一人迷い込んで、いろいろあって泥だらけになって笑顔で帰ってきて、みんなそこそこ無事にてんやわんやしている、悪いやつもなんかかわいくデフォルメされて友達になり、そのあと少しの静寂とともにその物語を振り返る、というまんま『千と千尋の神隠し』だったのだということに、今作のラストを見ていて気が付いた。わたしは明らかに新海誠のファンであるし、彼の『天気の子』を観た時「これぞ!自分の望んでいた物語!」と思ったのだが、そ

『リバー、流れないでよ』

 大学生のころ、鞍馬山越えデートをしたことがあった。鞍馬山はあの牛若丸——源義経少年が天狗との交わりにより武道の腕を磨いたとされる山で、叡山電鉄の駅を降りるとどデカい天狗にお迎えされる。そこからものすごく長い階段があり、それを上りきると鞍馬寺に辿り着く。京都市内を一望し、満足した人々は再び階段を降り、叡山電鉄に乗ってカップルたちは出町柳でよろしくやるのであるが、どうも鞍馬山は超えることができるらしいということを知っていたわたしたちは、チョチョイと鞍馬寺を脇に逸れて、獣道よりは

『怪物』

 5月は1度しか映画館に行かなかった。多忙?森道に行ったりしてやたら土日が埋まっていたから?仕事ではやる気持ちがそうさせた?よくわからないが、まるでそのツケが回ってきたかのように、仕事で今までの自分からしてあり得ないようなミスを連発していた。映画を観る行為、否映画館に行くことそのものが、もはや自らのライフスタイルの中に埋め込まれているのではないか。意識的に映画館に足を運ぶ、そうすることで救われていた思いが多少なりともある。文字を読んでいて目が滑るように、映画を観ていて仕事のこ

『すずめの戸締まり』

 まず、新海誠が言っていた「物語に没入させるためのものづくり」は確かに成功していた。TOHOシネマズ日比谷に11/4より導入されたIMAXレーザーの効果が大きいことは否めないが、それを踏まえても、久々に集中して映画を観られたと思う。まさに、全身全霊。観終わった後立ち上がれなかったのはいつぶりか。新海誠はやはり特別な作家なのだ。その彼が、ここまでヒットを飛ばしているという事実がまずは嬉しい。 畏れるということ  それにしても、簡単に感動をさせてくれない設定だと思った。傍観者

『初恋の悪魔』

 こんばんは。坂元さん好きといいつつ、「大豆田とわ子」は見たくせに「初恋の悪魔」は見ていない人の8割が「坂本さん」と誤植している説を提唱している者です。そんなこと、すんな。  「初恋の悪魔」観ましたか?そこの「さすが坂本脚本、名言しかない」と表記するあなたですよ、ド偏見ですがドラマ公式アカウントの中の人はプライベートで「坂本さん」と書いてそうです。ごめんなさい。好きという気持ちに誤字も正字もありません。本人絶対許してくれるやつですこれ。でもね、本作は特に「坂元裕二名言集」に

『ドライブ・マイ・カー』

 車の運転ほど、腰が上がらないものはなかった。記憶が正しければ2017年の半ばに教習所を卒業したが、実際に免許を取りに行ったのはその年の暮れだった。同志社大学に在学していたので、あまり勉強しなくても最後の筆記試験に合格するだろうと思っていたら普通に落ちた。  そもそも教習所だって9か月くらい通った。人生で数名程度存在する、「こいつとは何話してもダメだ」と思う人物の一人が、教習所の担当教官だったからかもしれない。私はいつも担当教官以外を指名し予約していたが、時に教習所の都合で担