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お茶をぶっかける女

マンガみたいなワンシーンを目撃してしまった。

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日常でみかけた些細な疑問を書き留める連載⑤
同シリーズはこちら
②初々しい高齢カップル
③カフェでくつろぐ謎の家族

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ある秋の夜に

繁華街から1駅離れたその場所は、公的機関が多く17~18時になると、定時帰りのサラリーマンが駅に向かってぞろぞろと歩いていき、一旦それが過ぎると途端に静かになる。大通りの途中には大きな神社があり、裏手に回ると樹齢100年近くいってそうな巨木が生い茂っていた。昼は緑が美しいが夜は少し不気味に思える。

ある秋の夜。
18時は回っていただろうがそんなに遅くない時間というのに、街灯が少ないこともあり、いっそう暗く感じた。そこは駅からもそう遠くない広い道だったが2、30メートル歩いて1人すれ違うかどうかくらいの人通りだった。

その周辺に夜行くのは初めてかもしれなかった。「意外と怖いな」など思いながら神社を通り過ぎて信号待ちをしていると、向かいには2人組がいる。その時点では男か女か、年齢なども何も見ていなかった。

それが信号を渡ろうとしたときに、ガン見してしまった。

いざ渡ろうと前を見た瞬間、女性Aが隣にいた女性Bにタンブラーのお茶を頭からぶっかけたのだった。

目の前で起きた事件に「ふぉっ!?」とことばにならない小さい声が出たが、そんな間にもわたしの足は動き、さっさと通り過ぎた。遠慮がちにそっと振り返ったところ、ふたりの歩くスピードはさほど変わっていないように見えた。怒ったAがBを置いていくわけでもない。お茶がかかったままのBが気になったのだが、淡々とした後ろ姿だった。どゆこと

目撃談(わたしの)

Aは30後半から40代半ば、肉付きのよい感じで顔立ちもハッキリしている。化粧は濃いめ、服も派手め。

Bは50代で華奢な体つきでファッションは地味目、化粧気なし。どこか覇気がなく、もしかしたら想像より若いかもしれない。

※暗いし一瞬だったため、色や雰囲気はわたしのイメージが大きい

わたしが目撃した瞬間、Aは明らかに怒り顔で、手にしていたタンブラーのフタを取ると、Bに液体をかけたのだった。内容は知らないが9割お茶だろう。一方のBはというと、「なにするの!?」ということもなければ、ハンカチを出して拭くわけでもない。なされるがまま無反応だ。顔を見るとあまりに無表情すぎてびっくりした。「はあ……やれやれ」という表情のようでもあったが、そこまでは読み取れなかった。

推理タイム

醸し出される雰囲気が違いすぎるので、仲のいい友達ではないだろう。おそらく職場の同僚だ。仲良くないとしても、帰社時間が重なったら途中まで一緒ということはある。服装を見る限り、事務系か何かのパートだろう。

わたしの予想—ではなく妄想はこうだ。

同僚として問題なく仕事を一緒にできるくらいではあるが、お互いタイプが違うので、あえて2人になることはない。ただ、帰りが一緒になる時に適当な雑談ができるくらいの社交性は2人ともある。この日はひさびさにタイミングが合った。

おしゃべりなAはさっそく自分の話を始めた。仕事のグチを誰かに聞いてほしかったAは「今日、仕事でこんなことがあったの。〇〇さんたらひどいのよ……」とBにそのことを話す。

しかしBにとって、その話は共感できるものではなかった。「へえ、そうなの。でもあなたも悪いところあるんじゃない?」。Aはそんなことを言われるとは思わずイラっとする。「でもさ、こんなこともあって……」。でもBは意見を変えない。「わたしはそうは思わないけど」。そこでキレたAはお茶をかけた。

どうでしょう?

直前の様子

Aは最初から怒っていたわけではなくカッとなって突発的に行動に出た、と見ている。その理由は、直前の様子にあった。

AとBが歩いてきた道は、数十メートル続く一本道。その道の近辺で2人が働くような場所があるとしたら法律関係の事務所。あるいは、もう少し向こうに行けばスーパーや薬局などもあるので、そこの可能性もある。法律関係の事務か、スーパーのパートか、薬剤師? 見た目だけでは判断がつかない。

書きながら思い出したが、お弁当用の小さい手提げかばんみたいなのを持っていたような気がする。お昼を挟んだ1日8時間勤務だろうか。スーパーのパートで朝から晩までは考えにくいような気もする。でも社員ならアリか。

ちょっと話が脱線してしまったが、最低でも数十メートルは一緒に歩いてきてから信号待ちをしていたのは間違いない。そして、まあまあ静かなところで、もし最初からAが怒ってたらわたしもすぐに気づいたはずだ。Aは声を荒げていたわけではなかったし、しぐさなども目立った様子はなかった。

1つ気を付けなければいけないのは、わたしという人間のこと。ロックオンするとものすごい観察するが、普段は周りの人間など見ていないし会話も聞いてない。もしかしたら、めちゃくちゃ怒っているAに全く気付いていなかった、という可能性もなくはない。しぐさについても、夜で暗かったから少し気づきにくい状況だ。

ただ、Aがタンブラーのフタを開けるところで気づいたわけだから、大きな動作をしていたら分かったはず。だから当時のわたしの察知能力は正常に機能していたということにしよう。

つまりAは信号を渡るまでは怒っていなかったか、あるいはフツフツと怒りをためこんでいた。そしてBが何か放った一言でキレた。と推理した。

無表情の怪

お茶をぶっかけられた後のBも不思議だった。人が周りにいないからまだマシだが(人がいないからやられたのか?)、こんなひどいことをされたのに、感情が見えなさすぎて逆に怖かった。ある意味、Aのキレ方より怖い。

まだ冬の手前だったので冷えとかは心配なかったけど、わたしが一番に思ったのは「お茶熱くなかったのかな。湯気は出てなかったか? ある程度冷めていたのかな」という現実的なこと。生理的な反応として「熱っ」というのもなかったので、ぬるかったんだろう。そこだけは良かった。Aの行動はやりすぎだとは思う。服にお茶のシミがついたら大変だし、電車に乗ったら、頭から肩にかけて濡れている様子に乗客が好奇の目を向けるかもしれない。

Bが分かりやすく「なにするの!?」となっていたら同情するところだが、そうじゃなかった。なぜそのような態度になったのか?

関係性を想像する

上で一番最初に思いついた妄想を書いたが、いちおう色んなパターンも考えてみる。

<例①>(上でも書いた本命の予想)
AとBはタイプが真逆。もしかすると、どこかでBはAを内心バカにしていたかもしれない。《本当にAさんの話す内容はくだらない》と思っていたのが、この日はつい言葉に出た。Bが無表情だったのは、そのことを自覚していたから。それか、誰に対してもそういう態度をする人なのかもしれない。

<例②>
①とは逆にAがBを見下していたかもしれない。Bは口数も少ないので、いつも通り言いたい放題だったAに、以前からムカついていたBが逆襲して痛恨の一言を放つ。そこでキレたAが行動に出た。Bは相手にしたくないから、無表情だった。

<例③>
Aは以前からなにかムカついていることがあった。家庭の不満かもしれないし、嫌いな同僚がいるのかもしれない。時事ネタに物申したいのかもしれない。とにかく、今日のAは何かしらグチっぽいことを話していたのだが、BにとってはAにも落ち度があるように思えた。そこで正直に思ったことを言ってしまった。Bは空気を「読めない」、または「読まない」人。

<例④>
Aはもともとカッとなりやすい人で、普段からお茶かけちゃうようなレベルのことをしており、職場でもそういう人として認識されている。Bはそれを知っているのでお茶をかけられても「うわー、わたしもやられたわ。でもこれ以上怒らせたくないから無反応で乗り切ろう……」と考えた。

こんな感じかな。可能性が低そうなのも含め、いくつかパターンを考えてみた。④はたぶんないな。

ほかにもパターンはあるのだけれど、とにかく「AさんとBさんはタイプが違う」というのがポイントだ。

自分が当事者なら

Bの場合

まずお茶かけられるようなことはしない。Aが嫌いだったり話がつまんないなら、適当に流すだろう。

お茶を掛けられた後だったら、そもそもAがヤバイ人ならどうしようもないけど後でネタにするかな。Aのことが嫌いなら「クリーニング代払って」と冷静に言って火に油注ぐか、無言で怒りを表現するか。仲のいい相手なら思う存分ブチ切れる。

Aの場合

わたしならいくら腹が立ってもお茶はかけない。きっとAは考える前に行動に出ちゃうタイプなんだろう。そういう人がいてもいいと思う。ただどちらにしろ、Bにキレても得しない気がする。

さいごに

少なすぎる情報の中で独断と偏見にまみれた個人的な見解をいうと、やっぱBがマズイこと言ったんじゃないかなあ、と思っている。無表情のBよりも、感情が高ぶったAの方が人間らしく見えたのもあって肩を持ってしまうのだ。

でもやはり真実を知るのは当事者の2人のみ。きっと予想を超える展開があるのだ。小説のネタにまた考えよう。




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