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小説・かぐや様は告らせたくない ~緊張感あふれる攻防戦~


この日は一日中家で過ごしたので、少しでも気分転換しようと夕方から散歩に出かけ、ついでにカフェに立ち寄った。以前この時間に来たときは春休み中だったためか待ち時間があったのが、すぐに入店できた。空きすぎず混みすぎずいい感じだ。

近くの席では中学生女子がジャージ姿のまま、次から次に食べ物を注文している。「よく食べるなあ」というのと、「中学生が学校帰りに外食でこんなにお金使うの?」というのに少々びっくりした。そんな高級ではないとはいえ、一回の食事というかおやつで千円以上って普通なのだろうか、などと考える。

しばらくするとわかに客が増えた。間仕切りのむこう隣には50代の奥様軍団が座り、世間話を始めた。たまに耳に入るキーワードが、最初は「親の介護」という当たり障りのない共通言語だったのが、時間が経つと「〇〇さんは悪い人じゃないけど—」と人のウワサ話へと変わってゆく。どういう仲間か知らないけど、この中の1人ぐらいは「帰りたい」って思っているに違いない。

人がくるとちょっと反応してしまうが、しばらくすると自分に集中する。

うるさい家庭に育ったので、どんな場所でも雑音をオフにする機能が備わったわたしは、すぐに1人の世界に入れるという特技がある。今回もそれを使い、間もなくすると無音の世界へと逃げ込んだ。

すると空いていたもう片方の隣の席に、男女2人がやってきた。ちぇっ、せっかく静かだったのに。こちら側は仕切りもない上に席がかなり近いので、少々居心地が悪かった。


2人は同じ職場の先輩後輩らしい。

同じ部署の先輩後輩で指導がてら一緒に行動していて、クライアント訪問後の空き時間だとか、仕事帰りに今日の振り返りをしつつ親睦を深めるのはよくあることだ。わたしも当事者としても経験があるし、この2人もきっとそんな感じだろう。

……と、いつもなら間もなく自分の世界に戻るところが、この日はうまくいかなかった。なにかがおかしい。

あまりに席が近すぎたため顔を見ることができなかったのだが、先輩らしき男性が年上で30歳前後、女性がもう少し年下という感じだった。会話のトーンから察するに、同僚であることは間違いないが、あまり近い関係ではないらしい。

一見、会話はポンポンとリズミカルなで盛り上がっているのだけれど、中身があるようでなく、上滑りしているように聞こえた。

彼の方が話の引き出しをたくさん出して、色んな事を聞こうと努力している。一方の彼女はさっぱりしていて最低限のソツない返事。最低限といえども、不快にならない程度に相手の話に乗っているので悪い印象はない。すぐに返事をするし時々質問も挟み、笑ったりもする。
しかし、見えない壁を作っていて隙がなさすぎた。

他愛のない会話の割にスピード感がありすぎ、軽い緊張感もある。

なんなの、この2人?

ものすごいソワソワする。
早く帰ってくれないかな。でも一向に帰る気配がない。無理やり本とかスマホとかに集中しようとするのだが、どうしても耳がそっちを向いてしまう。どうしよう、諦めてわたしが帰ろうか。でもなぜか緊張してしまって動けない。

せっかくカフェに来たんだから、落ち着いた雰囲気を味わってから帰りたい。向こうが帰るまで粘ろうと決め、ブチブチ切れる集中力をどうにかつなげようと四苦八苦していた時のことだった。

彼が少し前のめりでになったような気配がするとコソコソと何かいった。彼女が「えっ」と声を漏らして一瞬の沈黙の後、ありがとうございます、とかなんかいった。

これは……! すぐ気づいた。
告白だ。

めちゃくちゃびっくりすると同時に、彼の緊張がぐわーっと伝染してきてわたしもかなり動揺した。

ど、どうしよう。本どころじゃない。水が飲みたい。おかわり欲しい。なのに呼べない………!

なぜわたしが緊張しなきゃいけないのだ。感受性が強すぎるためか彼に同調してしまったらしい。水ってどうやって飲むんだっけ? 手も震えそう。

そこで最初から抱いていた違和感の理由が判明した。彼は今日、告白を決意してここに彼女を誘ったのだ。彼の緊張をダイレクトに受け取っていたからソワソワしていたのだ。

そして彼女はいう。

「ほんとうに、初めて知ってびっくりしました! まったくそんな風に思ってもらえているなんて知らなかったから……」

などと、告白された割には冷静すぎる態度で自分の驚きを一通り説明したあと、「少しだけ、保留させてもらってもいいですか?」と。

ウソつけっ! ぜっっったい彼の気持ちわかってたでしょ!!

つっこみたい気持ちを抑え、うつむき加減で顔を隠して心の中で叫んだ。

先にも書いたが、席が近すぎるので彼と彼女の顔は見ていない。しかし、彼女はとても可愛らしい声で、ハキハキとしていて頭も良さそう。今まで彼氏いません、とかは、まずない。自分に恋する男の気持ちを察するくらいの感覚は持ち合わせているだろう。勝手に決めつけたが、間違ってないと思う。

今までの様子を振り返ると、そういえば自分たちの知り合いの結婚話もしていた。ふと「〇〇さん(彼)は結婚のご予定は?」という彼女に、彼は「いや」とすぐに否定。告白しようとしている彼からするととんでもない話だ。彼女もキツイことをいう。

告白しようとしてる日に、偶然か知らないけど他人とはいえ結婚の話ってのもなかなかのもの。今思い返すと、彼は結婚も視野に入れていたのかもしれないし、彼女は彼に告白されないように防御線を張りまくっていたのかもしれない。

どうりで会話の内容が上滑りしているように聞こえたわけだ。2人とも表面的な言葉とは裏腹に別のことを考えていたのだ。

彼女が意識的にそれをしていたかは分からない。でも以前からなのか今日なのかは不明だが、どちらにしろ彼の気持ちには薄々気づいていただろう。まさか今日告白されるとは思っていなかった、というのは事実かもしれない。わたしも、この空気の中でよく告白したなと感心した。

まだ距離のある相手に、人の多い夕方のカフェで告白するだなんて大胆すぎる。もうちょっと違うシチュエーションはなかったのだろうか。しかも、こんな近くに座ってるわたしの身にもなってほしい。デリカシーのない人だったら2人の顔マジマジと見てる、絶対。

今日の大仕事を終えた彼は、まだしばらく緊張していたようだが、落ち着いてきたらしい。わたしも急にリラックスしてきた。彼から発せられるオーラに影響されまくっている。それだけ彼の思いが強かったということだろう。

わたしはとホっとすると、なんだか笑顔が込み上げてきた。彼に「仕事終えてよかったね。おつかれさま」といいたい気分だった。

告白する前後で空気が違いすぎ、緊張がほぐれたためその後はさほど2人の声は気にならなくなったが、雰囲気は伝わってくる。なにを話していたかよく覚えてないが、告白して保留という状況で、その後、トーンを落としながらも雑談を続ける様子はなかなかシュールだった。彼はショックだったかもしれないが、まずは自分の思いを伝えたことにひとまず満足しているように見えた。

彼女は何を考えているのだろう? 彼はともかく、彼女はもしかしたらツライ立場かもしれない。なんとか核心を避けようと努力していた。

「気持ちはうれしいんですが、今のところ誰とも付き合う気はないんです」なんて、その場で適当にいっちゃうほどの余裕やら魔性ぶりはなさそうだった。まだこの先も職場で顔を合わせるなら、無難にやり過ごすのが一番賢い選択か。社内恋愛は大変だ……。

最後まで見届けてもよかったがわたしの帰りたい気持ちがマックスになったところで、瞬間的に「よし帰ろう!」と決めると、秒で帰り支度しさっさと席を立った。

2人の真後ろに陣取っていた大食い中学生女子たちは、狭いソファ席でだらしなく寝ていた。背中合わせの席でギャップがすごすぎる。あんたたちの後ろですごいドラマがあったんだよ……。この2人が聞いてなくてよかった、と思った。

帰りながら改めて先ほどの様子を思い出す。結論からして、彼女は彼を好きではないのは明らかだった。

告白されて驚いて、一応お礼はいってたけど、まったくうれしそうじゃなかった。彼は少々先走っているようにも見えたし、彼女はものすごく冷静だった。

8割以上の確率で断ると見ているが、人によっては特に好きな人がいなければ、せっかく自分を好いてくれているから、と付き合う可能性はなくもない。

まだ2人ともヨソヨソしいので本性が全然違うという可能性もあるけれど、勝手な印象としては2人とも常識人のようだ。

彼女にドキドキはなくとも彼のような人だと穏やかな幸せはありそう。一通りの恋愛経験をした20代後半でそろそろ結婚したいと考える人もいるだろう。さて彼女はどうするかな。

今後どうなるか知らないけど、彼も彼女もどうかお幸せに──


ああ、お腹が空いた。もう少し早く帰りたかったんだけど。まあこういう日もあるか。

外に出ると、さきほどまで暖かかったのに日が暮れるとまだ少し肌寒い。
春はこれから。

―完―

ほかにも色々書いています。

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