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中国海軍が進水させた新空母、その戦術的、戦略的な意義を解説する

2022年6月17日、中国海軍は3隻目となる航空母艦(空母)を江南造船所で進水させ、「福建」と命名しました。その性能は依然としてアメリカ海軍の空母に及びませんが、以前に就役した遼寧(2012年)山東(2019年)の性能と比較すると、格段に高い性能を持つ可能性があり、東アジアの安全保障環境を変化させることが懸念されます。

その理由を説明するため、この記事では空母を知らない読者を想定し、戦闘で空母に求められる機能を基礎から説明します。次に、中国の戦略に関する分析を踏まえ、東アジア地域の勢力均衡の安定性にどのような影響が及ぶのかを説明します。

海上戦で航空母艦に求められる能力とは

海上作戦で空母に求められる機能は、陸地から遠く離れた外洋に進出し、多数の航空機を発進させ、それによって敵に航空打撃を加えることです。海上戦では、ランチェスターの法則によって小さな戦闘力の優劣であっても戦果に重大な影響を及ぼすため、敵と交戦するときには空母がどれほど速く、どれほど多くの航空機を繰り出せるのかが評価のポイントになります。この機能を追求しようとすると、他の水上艦艇が有する武装は排し、長大な飛行甲板を設置し、そこから航空機を発進できるように設計しなければなりません。

なぜ空母にそれほど長い飛行甲板が必要なのでしょうか? その理由は、静止した状態の航空機を飛行させるには揚力が必要だからです。簡単に述べると、揚力は流体の中で運動する物体に対して、上方向に加わる力です。航空機は空気の中を高速で移動しなければ、その翼面積に応じた揚力を得ることができません。十分な揚力が得られた際に、航空機ははじめて空気より重い自重を持ち上げ、飛行することができます。空母から航空機を発進させるなら、航空機が発艦する前に十分な加速ができるだけの長さを持つ飛行甲板がなければなりません。そのため、軍事専門家は空母の機能を判断するため、飛行甲板に注目します。

大きな飛行甲板さえあればよいというわけでもありません。航空機が発艦する際には追い風や横風を受けないように注意が必要です。航空機が揚力を得るために大切なのは絶対的な速度ではなく、大気の流れ、つまり風を考慮に入れた相対的な速度です。そのため、空母は航空機が向かい風で発艦できるように、常に艦の進路を調整し、また速力を保持しなければなりません。空母の戦術運用を研究する場合、風向きは必ず考慮に入れなければならない制約なのです。飛行甲板の上で航空機が発艦する間は、弾薬を使い切って補給が必要になった航空機も着艦できないので、空母の上空で待機しなければなりません。これも戦闘効率の低下に繋がります。

アメリカ海軍のニミッツ級空母の飛行甲板のように、蒸気カタパルト(射出機)と呼ばれる航空機の発艦を補助する装置があれば、このような制約を緩和できます。ニミッツ級空母にはC-13-1という蒸気カタパルトが4基塔載されているのですが、これを使えば35,000kgの機体をわずか94mの滑走距離で時速296kmまで加速させて射出できます。

短距離で急激な加速ができるので、発艦に必要な空間を大幅に縮小できるだけでなく、着艦のための空間を確保しやすくなり(アングルド・デッキを参照)、発艦と着艦を同時に行えるようになります。こうすれば、戦闘で敵に打撃を加えようとしたときに、次々と航空機を繰り出せます。蒸気カタパルトは開発が難しい技術であり、実用化に成功したのはアメリカだけです。中国海軍の遼寧と山東の飛行甲板を見ても、蒸気カタパルトが塔載されていないので、単純に打撃力で比較するとアメリカの空母より劣っているといえます。

中国海軍はこの劣位を解消するため、福建に蒸気カタパルトではなく、電磁カタパルトを搭載するという賭けに出ました。電磁カタパルトは中国の空母が発揮できる打撃力を大きく向上させるかもしれませんが、あるいは、そうならないかもしれません。技術的な詳細は省略しますが、その理由は電磁カタパルトの技術には未だに多くの課題があり、実戦で使用するには信頼性が乏しいためです。アメリカ海軍で電磁カタパルトを採用したジェラルド・R・フォード級空母はこの問題の解決に取り組んでいるところですが、技術的な問題がまだ多く残されています。そのため、中国も福建をすぐに戦力化することは難しいかもしれません。

ただ、電磁カタパルトには、有人機から無人機に至るまで幅広い種類の航空機に合わせて、加速を自在に調整できるという利点があります。将来的に技術的な課題が解決された場合、大きな技術革新になることは否定できません。福建が多数の航空機を展開して交戦できるようになれば、アメリカ海軍にとって脅威を及ぼす可能性があります。2020年以降に中国では大型のレーダーを搭載し、空中から早期警戒、戦闘管制を行う能力を持つ早期警戒管制機KJ-600の試験も進んでいるのですが、福建の電磁カタパルトが実用化されれば、これが塔載されるはずです。中国が外洋で早期警戒管制機を運用できるようになるということは、より遠くにいる敵を早期に発見し、あるいは遠距離から奇襲することも容易になります。

東アジアの情勢に及ぼす戦略的影響

空母は戦略的に大きな影響力を持つ軍艦と見なされていますが、それは領土から遠く離れた外洋において大きな戦闘力を発揮できるためです。つまり、中国が空母を次々と建造しているのは、西太平洋に遠方展開する能力を獲得しようとしていることを示しています。

1999年に研究者のRobert Rossは、東アジア地域の地理的特性として、ランドパワーとシーパワーの二極構造が形成される傾向が強いと論じたことがあります。第二次世界大戦におけるドイツや冷戦におけるソ連のように、中国も現状打破を試みる意図を持っているかもしれませんが、その軍事的能力は陸軍に依存しており、アメリカと海上戦になれば劣勢に立たされると評価されていました。中国経済が急成長を遂げ、軍事力の拡大が進むにつれて、このような見方は少しずつ修正を余儀なくされています。中国の海上戦力は今でもアメリカに対して劣勢だと見られますが、明確な長期戦略の下で着実に能力向上を続けており、次第に局地的な範囲であれば優位に立てる可能性も出てきています。

2002年以降、アメリカの国防総省は中国がどれほど軍備の増強を進展させているのかを分析し、議会に定期的に報告してきました。2000年代に中国の軍拡が台湾との戦争を想定している可能性は指摘されていましたが、同時に遠方展開能力を獲得する意図があることも論じられてきました。つまり、日本の南西諸島から台湾を経てフィリピン諸島に至る第一列島線で軍事的に優位に立つことが、中国の第一の戦略的目標であるとしつつも、さらに東に進んで伊豆諸島からグアムを経由してパプアニューギニアに至る第二列島線に機動展開が可能な戦力を構築することに関心があると見られてきたのです。

2009年版の報告では、国防総省として中国の戦略を「接近阻止・領域拒否(Anti-Access/Area Denial, A2/AD)」と分析し、中国の戦略的防衛線を第二列島線にまで押し広げる意図があると評価されました。接近阻止とは第二列島線に進出した敵を可能な限り遠方において阻止する戦略であり、領域拒否は第一列島線に進出した敵の活動を中国の近海で拒否する戦略です。この報告でも中国が十分な能力を持っていないことが指摘されてはいますが、警戒が呼びかけられています。このような戦略が実行に移されたならば、日本、特に南西諸島は中国の勢力圏に組み込まれ、アメリカ軍の作戦が妨げられるかもしれません。台湾がアメリカから必要な支援を受けることなく、単独で中国を相手に持久することになれば、中国は台湾を武力で統一する上で大きな軍事的優位を得ることができます。このような意図の分析を踏まえれば、中国が失敗のリスクを覚悟してでも、電磁カタパルトの導入に踏み切り、空母の打撃力を向上させようとしている動機も理解できるでしょう。

もちろん、このような解釈に学界で異論が出されなかったわけではありません。いくつかの批判が加えられています。例えば台湾の輔仁大学に所属し、中国の安全保障を専門としているYves-Heng Limは2011年に出した論文で、2000年代の中国海軍の戦力構築では中国の近海に展開する潜水艦の優先順位が高く、その戦略思想は防衛を強く志向していたと指摘し、遠方展開能力を重視していなかったという解釈を打ち出しています。しかし、Linも2016年に出した論文では、中国海軍のドクトリンが攻撃的な方向に変更されたことを認めており、領域拒否ではなく、接近阻止を重点に置いた戦力構築を進めていると論じています。

まとめ

福建が進水したことは、中国が長期的に推進している軍備増強が新たな段階に入ったことを意味しています。東アジアにおけるアメリカ海軍の優位は失われたわけではなく、中国の福建が電磁カタパルトの問題を解決できなければ、戦力化に至らないかもしれません。しかし、もし中国が福建の戦力化に成功した場合、それなりの対応が必要になるでしょう。

はっきりとした情報ではありませんが、中国が4隻目、5隻目の空母の建造に向けて動いていることを報じるメディアもあり、これまでの建造の速度から見て、2030年代には6隻の空母を進水させている可能性も想定しておくべきでしょう。これら新空母に電磁カタパルトが実装され、原子炉が塔載され、艦載機の近代化も進めば、アメリカ、台湾、そして日本にとっては大きな軍事的脅威となります。

参考文献

Ross, R. S. (1999). The Geography of the Peace: East Asia in the Twenty-first Century. International Security, 23(4), 81–118. doi:10.1162/isec.23.4.81

Lim, Y.-H. (2011). The Driving Forces behind China’s Naval Modernization. Comparative Strategy, 30(2), 105–120. doi:10.1080/01495933.2011.561729

Lim, Y.-H. (2016). Expanding the Dragon’s Reach: The Rise of China’s Anti-access Naval Doctrine and Forces. Journal of Strategic Studies, 40(1-2), 146–168. doi:10.1080/01402390.2016.1176563

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