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論文紹介 なぜカザフスタンの独裁体制は動揺しているのか?

中央アジアのカザフスタンでは、1991年にソ連から独立を果たてから30年にわたってヌルスルタン・ナザルバエフが大統領の権力を独占し、独裁体制を築いてきました。2019年にナザルバエフは大統領を退任しており、それから2022年現在まで大統領の地位にあるのはカシムジョマルト・トカエフですが、ナザルバエフは安全保障会議で議長の地位に残留していました。

しかし、2022年1月にカザフスタンで大規模な反政府運動が発生し、ナザルバエフは議長を解任され、トカエフが新たに議長に就任しました。名実ともにナザルバエフはカザフスタン政府における権力を失ったことになります。このような政治状況が発生した経緯に関して詳細は分かっていませんが、以前からカザフスタンで政治情勢に変化が生じる可能性を指摘していた研究者がいます。

オランダにあるライデン大学で国際政治学を研究するMorena Skalamera Groce助教授は2020年に出版した論文「ユーラシア・ステップの政治的移行:カザフスタンの事例(Political Transition on the Great Steppe: The Case of Kazakhstan)」でカザフスタンの支配体制の特性を分析し、権力の移行に伴う困難について述べています。

Morena Skalamera Groce (2020) Political Transition on the Great Steppe: The Case of Kazakhstan, Survival, 62:1, 157-168, DOI: 10.1080/00396338.2020.1715078

この論文は2019年3月19日にナザルバエフが30年にわたって維持した政権を手放したことを確認するところから始まっています。カザフスタンは石油、天然ガス、ウラン、石炭、金、アルミニウム、銀などの天然資源に恵まれた国家であり、特に重要な資源が石油であり、2014年に原油価格が暴落したことで、カザフスタン経済に大きな打撃が加わりました。この経済的な打撃は大きな政治的リスクをもたらす可能性がありましたが、ナザルバエフ政権はこの危機を乗り越えることに成功しています。

比較政治学では、独裁者が政権を維持するために依拠する権力資源として組織力がある政党や、信頼できる軍隊に注目する傾向がありますが、著者は独裁政権の中枢に位置するエリートの間に濃密な人脈が形成されており、それが広範囲な社会ネットワークを形成してきたことに注目すべきだと主張しています。

カザフスタンで既存の政治制度、経済制度から既得権益を確保しているエリートは、国内における氏族、部族、民族などの有力者とも繋がっており、このネットワークを通じてナザルバエフ政権は地域社会に影響力を持つ氏族の指導者の政治行動を統制してきました。このため、ナザルバエフ政権は政党や軍部への依存を最小限に保ち、かつ潜在的な脅威を抑圧することが可能であったと著者は説明しています。しかし、属人的、個人的な社会関係に依拠した独裁政権が権力の移行期に入ると、支配体制が不安定化することは避けられません。

社会経済的な環境が悪化していることも、体制の不安定化に拍車をかけています。カザフスタン経済では深刻なインフレーションが発生しており、すでに複数回にわたって通貨を切り下げを行いました。この措置で中産階級の貯蓄は実質的に消滅しており、国民の不満は急速に高まっています。2017年3月、カザフスタンの議会は、大統領の権限を大幅に制限し、政治システムを民主化させるための憲法改正を行いましたが、エリートの反発が根強いために政治改革は実効性を伴っていないようです。

また、2000年代にカザフスタン社会で成長した若年層の間で自由化、民主化を望ましいと思う意識が醸成されていることも反政府運動のリスクとして指摘されているため、トカエフ大統領が国内を掌握するには、この若年層の過激化を封じる措置も必要となるでしょう。

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