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戦争で戦力の優劣を覆せるかどうかは戦略の選択にかかっている『いかに弱者は戦いに勝つのか』の紹介

軍事的能力の優勢が、そのまま戦争における優位に繋がると想定することがよくあります。しかし、これは厳密に考えれば間違った想定です。一方の交戦国の軍事的能力が圧倒的に優勢でも、思いがけない苦戦を強いられることや、最悪の場合には撤退に追い込まれた事例があるためです。

Ivan Arreguin-Toftはこのような事象を体系的に説明する理論を提案した研究者です。著作『いかに弱者は戦いに勝つのか(How the Weak Win Wars: A Theory of Asymmetric Conflict)』(2005)は、戦争の結果が時として能力の優劣で説明がつかない理由を説明するため、戦略の影響を考慮に入れる必要があることを明らかにした彼の研究成果です。

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著者の理論によれば、戦争の結果を左右する要因として重要なのは各国の能力ではなく、その能力を運用する方法を指定する戦略です。しかも、その戦略の効果は敵と味方がそれぞれに選択した戦略の種類によって変わります。つまり、あるケースで成功したとしても、別のケースで同じ戦略が同じ効果を上げる保証はないのです。

著者は戦略の相互作用を説明するため、電撃戦、消耗戦、ゲリラ戦、テロリズムなど多種多様な戦略を直接戦略と間接戦略という2つに類型化することを提案しています。直接戦略とは、物理的な殺傷や破壊によって敵の戦闘力を低下させることを目指す戦略であり、主に正規軍が主体となる戦略行動と理解することができます。間接戦略とは心理的な作用によって戦意を低下させることを目指す戦略であり、非正規軍、つまりゲリラが主体となる戦略行動と理解できます。

このような戦略の類型論を踏まえ、著者は次のように主張します。もし攻撃者と防御者の両方が直接戦略を採用している場合、あるいは両方が間接戦略を採用している場合には、軍事的能力の優劣がそのまま戦争の勝敗を決すると考えられます。なぜなら、そのような戦争ではそれぞれの能力が意図した通りの効果をもたらすので、単なるパワーゲームになるためです。しかし、攻撃者と防御者のどちらか一方だけが直接戦略を選択しており、他方は間接戦略を選択しているような場合であれば、軍事的能力の優勢が直ちに戦果に繋がらなくなります

例えば、防御者の部隊がゲリラ戦を仕掛け、敵の部隊に対して一撃離脱の遊撃行動を繰り返し、後方支援部隊などを攪乱している状況を考えてみましょう。このような戦い方を採った防御者の部隊に対し、攻撃者の部隊は物理的な殺傷や破壊を目指しても、目標を捕捉すること自体が難しく、発見できたとしても、一度の攻撃で撃破できる敵の部隊の規模は限られています。攻撃者は長期戦を続ける羽目になり、当初予測していた以上の費用を負担しなければならなくなるでしょう。この事態を避けるには、攻撃者も自軍の戦略を直接戦略から間接戦略に切り替える必要がありますが、著者はこれが政治上の理由から容易なことではないと指摘しています。

攻撃者が間接戦略を採用するということは、多くの人員を犠牲にすることを覚悟しなければならないだけでなく、民間人を巻き添えにすることも辞さない対ゲリラ戦に突入することを意味します。ベトナム戦争においてアメリカが圧倒的な軍事力を有しながらも、軍事的な勝利を追求できなかった理由はさまざまあるのですが、著者はこの対ゲリラ戦の人道的問題が大きな制約になっていたと解釈しています。ベトナムにおけるゲリラ戦で敵部隊を捕捉撃滅するため、敵と味方の双方から多くの損害が出ることを許容し、かつ数多くの民間人を巻き添えにすることも辞さない作戦はアメリカ政府にとって受け入れ難いものでした。

著者は自らの理論の妥当性を検証するため、1816年から2003年までに得られたデータを用いた定量分析と事例研究に基づく定性分析を行っています。その結果から、弱小な勢力が間接戦略で強大な勢力の直接戦略に対抗できることを裏付けていますが、間接戦略が万能ではないということをより強調しておく必要があると思います。著者は大国が間接戦略を採用することが難しいと想定していますが、もし攻撃者が圧倒的な兵力を投入し、暴力的かつ破壊的な対ゲリラ戦に乗り出してくれば、戦争の結果は軍事的能力の優劣で決まってくるはずです。

著者が定量分析で調査対象とした戦例の約78%については、戦争の途中で交戦者が戦略を切り替えることはなかったとしています。この定量的評価の内容に関しては議論の余地があるのですが、仮にこの割合が妥当だったとしても、読者は反対の可能性が決して小さくないことに注意を払うべきでしょう。もし22%の確率で圧倒的な兵力を用いる攻撃者が戦略を直接戦略から間接戦略に切り替えてくれば、防御者は厳しい戦いを強いられるだけでなく、深刻な人道的危機が発生することが予測されます。

見出し画像:U.S. Department of Defense

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