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命を懸けて軍旗を守ろうとした軍人たち:ワーテルローの戦場で記録された驚くべき逸話

軍隊に入隊したばかりの兵士は、新兵訓練を受ける過程で、軍旗というものがどれほど神聖なものであるのか、それを守る者の責任がどれほど重いものであるかを教え込まれます。

軍旗を丁重に扱うことは、軍隊における基本的な規範の一つであり、それを地面に倒したままに放置することは、どのような事情があったとしても決して許されません。戦地で軍旗を敵に奪われることは、部隊の名誉を大きく損なう事態です。

現代の戦場で軍旗を掲げたまま戦闘行動をとることはなくなりました。しかし、今でも部隊はそれぞれ旗を戦場に持っていきます。旗は常に部隊と共にあるべきだと考えられているのです。

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イギリスの歴史学者ジョン・キーガンはナポレオン戦争(1804~1815)の最後の決戦となったワーテルローの戦い(1815)の事例を取り上げ、兵士にとって軍旗がどれほど重要なものであったのかを著作の中で描き出しています。19世紀の戦闘の様相を知る上で非常に興味深い内容なので紹介します。

ワーテルローの戦いに参加したイギリス陸軍の各連隊は戦場でユニオンジャックの王旗と連隊旗を2流並べて掲げました。それらは大きな旗であり、「縦横1.8メートルの正方形の大きさの旗」であったとされています(邦訳、キーガン、286頁)。

旗手は1名の下級将校であり、2名ずつ下士官が護衛につきました。そのため、王旗の旗衛隊と連隊旗の旗衛隊の勢力は合計で6名だったようです(同上、287頁)。軍旗は敵の銃弾や砲弾の的になりやすく、非常に危険な任務でした。それにもかかわらず、以下で述べられているように、それは軍人として果たすべき義務だと考えられていました。

「第40連隊のローレンス軍曹は、午後4時の時点で軍旗護衛を命じられたときの自分の気の乗らなさをこう証言している。『正直これは……自分がしたいとはまったく思わない仕事だった。にもかかわらず、なしうるかぎり勇敢に果たそうと務めたのである。何しろあの日、自分の前に、すでに14名の軍曹が、軍旗の護衛中に死んだり重傷を負ったりしていた。将校の死傷者もそんなものだった。そして、旗竿も、旗そのものもずたずたで、ほとんど原型をとどめていなかった』」(同上)

軍旗が高く掲げられていることは、部隊が依然として健在であり、戦う意思を持っていることを敵と味方に示すことを意味していました。したがって、旗衛隊は絶望的な状況に陥ったとしても、それを手放すことはめったにありませんでした。このことを示す事例として、ワーテルローの戦いに参加したクラーク候補生の印象的な逸話をキーガンは紹介しています。

クラークはサンドハースト陸軍士官候補生学校で教育課程を終える前でした。しかし、彼は志願してワーテルローの戦場に立ちました。彼が配属された第96連隊で連隊旗の旗手を務めることになりました。激しい戦闘の最中に、第96連隊は敵フランス軍の騎兵突撃を受けてしまい、隊列がばらばらになってしまう場面がありました。

大きな旗を手にしたクラークは身動きがとれず、敵中で孤立しました。しかし、彼は旗を手放そうとはせず、その場で剣を抜き、乱戦の中で敵の騎兵と戦いました。敵の騎兵はクラークが握る連隊旗を奪おうと、執拗にサーベルでクラークに斬撃を加えてきました。

クラークは全身に22か所の傷を負いました。しかし、それでも彼は倒れることなく、3騎の敵騎兵を剣で殺し、連隊が隊形を回復するまで連隊旗を守り抜いたのです。当時、クラークは16歳の少年だったことを考えれば、これは驚くべき勇敢さであると言わなければなりません(同上、289頁)。

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軍旗を命がけで守ろうとする行動が、別の記録からも読み取ることができます。第44連隊で旗手を務めたクリスティ少尉は、軍旗を奪おうと試みたフランス騎兵の攻撃を受けました。クリスティ少尉は敵の槍を避けることができず、彼の左目から突き刺さった槍は下あごに飛び出しました。

クリスティ少尉は激痛でフランス騎兵に軍旗を奪われてしまいましたが、それでも戦意を失うことなく敵に突進し、敵の騎兵から軍旗をもぎ取り、それをかばうように地面に倒れました。幸いなことに、クリスティ少尉はすぐに部隊に収容され、戦後も生き残っています(同上、288頁)。

これらの事例は、戦場で戦う兵士にとって軍旗を守ることがどのような意味を持っていたのかを今に伝えています。また、敵の部隊が執拗に軍旗を奪おうとしていたことも分かります。軍旗の争奪は少なくとも19世紀の前半までの戦場で広く見られた出来事でした。その経験が今なお軍隊の規範として残ったとすれば、それは部隊の士気、規律、団結を示す指標と言えるかもしれません。

参考文献

ジョン・キーガン『戦場の素顔』高橋均訳、中央公論新社、2018年

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