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三つのポイントで理解するクラウゼヴィッツの戦争理論

プロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツ(Carl von Clausewitz 1780年7月1日 - 1831年11月16日)(外部リンク:軍事学を学ぶ)は、古典的著作『戦争論』で戦争に関する独自の理論を組み上げました。クラウゼヴィッツが著作を完成させる前に死去したため、その内容は完全ではありませんが、基礎的な部分は政治学と軍事学の両方の研究領域で現在まで読み継がれています。

クラウゼヴィッツの著作は非常に難解であることでも知られており、著名な研究者にさえ誤解されることがしばしば起こりました。そこで、今回は政治学的な観点からクラウゼヴィッツの戦争理論にどのような特徴があるのかを3つのポイントに沿って紹介してみたいと思います。

1 戦争は政治の手段であり、政治の論理に従っている

クラウゼヴィッツの議論で最も有名な部分は、戦争が本質的に政治の手段であり、政治の論理に従う事象であると主張した部分です。これは『戦争論』のさまざまな箇所で議論されているのですが、例えば次のような記述がそれに該当します。

「そこで戦争は政治的行為であるばかりでなく、政治の道具であり、彼我両国の政治的交渉の継続であり、政治における手段とは異なる手段を用いてこの政治的交渉を遂行する行為である。してみると、戦争になお独自のものがあるとすれば、それは戦争において用いられる手段に固有の性質に関連するものだけである」(クラウゼヴィッツ『戦争論』上巻、58頁)」

この政治が政治的行為であるという考え方を理解するには、クラウゼヴィッツが「政治」をどのような意味で考えていたのかを確認しておくことが必要でしょう。そこで、この点をもう少し掘り下げてみます。

クラウゼヴィッツは『戦争論』の別の箇所で政治を「社会全体の一切の利害関係を主張する代理人」と説明しており、それは時として権力者の個人的な利害、あるいは虚栄心のような曖昧な利益を実現するために指導される場合がある、と認めました(同上、下巻、320頁)。

つまり、政治には無数の形があり、特権を握った貴族階級の利益だけを追求する政治もあれば、幅広く社会の成員を動員しながら国民としての利益を追求する政治もあって、どのような利害に基づいて政治が行われるかによって、戦争の様相にも変化が生じてくると考えられています。

クラウゼヴィッツは1789年に起きたフランス革命の影響で封建的特権が廃止されて以降、フランスの軍事行動のパターンに劇的な変化があったと指摘するなど、政治体制の変化に注目することの重要性を強調しています(同上、325-7頁)。

クラウゼヴィッツは戦争のことを研究の対象としながらも、その背後にある社会や政治のあり方にも注意を払っていたのです。

2 戦争においては、あらゆることが不確実である

戦争では一切の出来事が非常に不確実であり、その中で合理的な行動を選択することが容易ではない、とクラウゼヴィッツは述べています。

この不確実性は、あらゆる戦争に共通する重要な特性です。戦争状態であっても、敵対する両軍が一時的に戦闘行動を中断し、いわばにらみ合いの状態に移行することがあるのは、この状況の不明確さ、不安定さによるものだとクラウゼヴィッツは説明しています。

「およそ将帥が正確に通観し得るのは彼自身の側の情況であって、敵情は不確実な情報によって知るよりほかはない。その結果、彼は敵情判断を誤り、行動を起こすのは元来我が方であるにも拘らず、却ってこれを敵にあると見誤ることがある。(中略)この種の認識不足は、戦争の本性に矛盾するものではなくて、軍事的行動を停止せしめる自然的原因の一と見なされねばならぬだろう」(同上、上巻、51-2頁)

このような戦争に特有の不確実さをクラウゼヴィッツは別の箇所で「戦争の霧」と呼んでいます。クラウゼヴィッツの解説でも、この「戦争の霧」という言葉はよく知られていますが、これはクラウゼヴィッツの戦争理論の中心的要素の一つなのです。

つまり、戦争の霧があるからこそ、情報が限られている中で軍隊は行動をせざるを得ませんが、その行動の結果ははっきりと予見できません。つまり、一種のギャンブル的な要素を伴うことになります。そのため、双方ともなかなか決定的な行動に踏み切ることができず、指揮官はためらいがちに命令を出さざるをえなくなってしまいます。

特に防勢から攻勢に移転し、敵を進んで打撃しようとする場合、指揮官は非常に大きなリスクを自ら背負うことになりますから、よほど優勢でなければなりません。さもなければ、防御を固めておく方がよいという判断になりがちなのです。

クラウゼヴィッツの見解によれば、軍隊の指揮官がどれほどリスクを許容できるのか、その思想や態度によって戦争の進展が大きく変化するとされており、大胆さ、勇敢さも戦争を考える上で避けては通れない要因だと論じられています。

3 戦争にはエスカレートする傾向がある

クラウゼヴィッツが戦争の特性として第三に指摘しているのは、エスカレーションの傾向です。

戦争状態とは、一方の意思を武力によって他方に強制しようとする状態であり、しかも、それは一方的なものではなくて、相互に影響し合う状態です。

クラウゼヴィッツは、この相互作用が戦争の推移を理解する上で重要なポイントであると考えました。なぜなら、双方が相手よりも軍事的に優位に立とうとすると、それぞれが味方の使用する戦力の規模を少しでも大きくしたいと考えるため、軍拡競争が起こり、それは資源の限界に達するまで続く傾向があるためです。

「我が方の力を増大して敵よりも優勢ならしめることもできるし、さもなくて我々の能力が不十分な場合にはできるだけこれを増大することもできる。しかし敵もまた我が方と同じことをすれば、またしても彼我双方は力を競い合うから、双方の力の使用は、それぞれの側の単なる思いなしからにもせよ、再び極度に達せざるを得なくなる」(同上、33-5頁)

単に使用する戦力が増大するだけではありません。クラウゼヴィッツの考察では、戦争状態にある勢力間で敵対行動の激しさも拡大する傾向があるとされています。つまり、より大きな戦力を、より激しく使用し、戦争の様相が激化する傾向が戦争には埋め込まれています。

ここで述べたエスカレーションの特性と、先に述べた戦争は政治の手段として遂行される特性、そして戦争には大きな不確実性がある特性を総合し、クラウゼヴィッツは戦争の三位一体と呼んでいます。

クラウゼヴィッツは、これら3種類の異なる要因が同時に作用することによって、戦争がさまざまな形態をとることを説明しました。戦争は最も暴力的な形態をとる場合もあれば、大規模な戦闘がめったに起こらない形態もあり、その時代、その地域の特性に応じてさまざまに変化します。

むすびにかえて

クラウゼヴィッツの『戦争論』は未完成のまま出版されたものですが、戦争理論に関する彼の研究成果は非常に奥深く、戦争の一般理論として画期的な意味を持っています。戦争に影響を及ぼす基本的な要因を明確にしただけでなく、それぞれがどのようなメカニズムで戦争の形態に影響を及ぼしているのかを体系的に考察した最初の試みだと言えます。

個人的に高く評価しているのは、クラウゼヴィッツが戦争と政治の関係を考える際に、戦争が政治の手段であるだけでなく、政治の目的はその時々の政策決定者の利害関係によって大きく変化する可能性があることを見通していたことです。

クラウゼヴィッツはフランス革命戦争・ナポレオン戦争に一軍人として従軍していた経験があるだけでなく、ナポレオン戦争では捕虜としてパリに抑留された経験もあります。軍人でありながら、政治に対して深い関心を持っていたことが、政治学と軍事学を架橋する研究を生み出すことを可能にしたのでしょう。

©武内和人(Twitterアカウント

参考文献

クラウゼヴィッツ『戦争論』篠田英雄訳、全3巻、岩波書店、1968年

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