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非正規軍の作戦が成功する条件とは、クラウゼヴィッツの分析を紹介する

戦争の主体は国家の指揮下にある正規軍に限定されていません。国家の指揮下にはない武装勢力であっても、戦いを遂行する能力を有していれば、戦争の主体として考えられます。ゲリラ、パルチザン、レジスタンス、テロリスト、民兵、軍閥、私兵など、非国家主体の武装勢力はさまざまな名称で呼ばれますが、以下ではまとめて非正規軍(Irregular army)と呼ぶことにします。

非正規軍は一元的な指揮系統に基づいて編成されているとは限りません。それぞれの部隊が独自に指導部や指揮系統を持ち、緩やかなネットワークを形成していることが珍しくないためです。そのため、非正規軍の作戦は局地的、一時的なものに制約され、また交戦する際にも限定的にしか戦闘力を行使しない傾向があります。

19世紀のプロイセンの軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツ(1780~1831)は、このような非正規軍の作戦を分析したことがあり、国土防衛のために非正規軍を運用する場合は、どのような条件を満たす必要があるのかを論じています。今回は、非正規軍の成功の要因が、戦域の広さと、正規軍との連携にあることを解説してみたいと思います。

非正規軍には戦闘力を分散できる広い戦域が必要

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戦いの原則によれば、戦争で軍隊が戦闘力を最大限に発揮するためには、その部隊を特定の時機に、一つの場所へ集中させることが重要です。しかし、クラウゼヴィッツの説によれば、非正規軍の作戦にこの原則は当てはまりません。非正規軍の運用では、まったく逆の考え方が必要であり、戦闘力を分散させることが最も重要なのです。

広範囲に兵力を分散させるほど、非正規軍の戦闘力を有利に使えるという主張は、直感的に理解しずらいものです。ここでは、敵が正規軍であり、その戦闘力の発揮には集中が必要であることが前提とされています。非正規軍はこのような敵の正規軍の戦略思想から逸脱することで、より有利な条件で交戦することが可能になるのです。

もし非正規軍が一カ所に集まっていれば、敵はそこに戦闘力を集中して一挙に撃滅を図ることができますが、広範に分散した非正規軍を撃滅するには、兵力を分けて、各地に分遣せざるを得ません。しかし、そのような分遣隊が各地に出されたならば、それらは鉄板の上で熱せられた水滴のように、簡単に蒸発してしまうだろう、とクラウゼヴィッツは物理現象の比喩を使って説明しています。

ただし、戦域で兵力を分散する程度は、戦域の面積にかかっています。クラウゼヴィッツは非正規軍の作戦行動の原則について次のように述べていますが、特に3番目と5番目の原則は敵の兵力を分散させ、非正規軍が有利な態勢で戦うために重要な意味を持っています。

1 戦争が国土の内部で行われること。
2 ただ一回の破局によって勝敗が決定されないこと。
3 戦域が広大であること。
4 人民が勇敢であり、人民を挙げて武装抵抗することを支持すること。
5 山岳、森林、沼沢、農耕状況などのために、国土に狭隘な場所が多く、部隊が接近しがたいこと(同上、68-69頁)。

非正規軍には正規軍の支援が必要だが、一体化は禁物

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クラウゼヴィッツは非正規軍の作戦では、敵の大部隊と交戦することは絶対に避けるべきだと考えていました。やむを得ない状況で戦闘に参加することになったとしても、指揮官は四方八方に兵を逃がし、各地で潜伏させることによって敵の追撃を振り切らせることができるとクラウゼヴィッツは論じています。

これは非正規軍の士気の低さを認識していたためです。もし敵の一撃で大きな損害を出すことになれば、それだけで非正規軍の内部からは武器を投げ出す兵士が続出するだろうとクラウゼヴィッツは予測していました。非正規軍の司令官は一回の戦闘で戦術的に許容できる損害を小さく見積もるべきであり、犠牲を厭わずに攻撃すべきではありません。戦いを挑むとしても、前進するたびに背後に残置する守備隊に対して襲撃を加えるにとどめ、敵の後方を遮断するような戦略を採用する方が現実的です。

もちろん、このような戦い方では、いつまでも敵に決定的な打撃を与えることができないという問題があります。そこでクラウゼヴィッツが提案しているのは非正規軍とは別に小規模な正規軍を編成し、これを敵軍の正面で運用する構想です。このような正規軍を敵の正面に配置して牽制すれば、非正規軍が敵の側面や背後から襲撃を繰り返すで期待される戦果はさらに大きくなるでしょう。

ただし、ここでもクラウゼヴィッツは注意を要することがあると主張しています。もし非正規軍が正規軍の戦闘力に依存し始めると、非正規軍の戦意に悪影響を及ぼす危険があると警告を出しているのです。これは研究者からもあまり注目されていない点なのですが、非正規軍の戦略を考える上で士気を維持することがいかに重要であるかを示す議論だと思います。

非正規戦争における正規軍の運用に関するクラウゼヴィッツの議論はかなり複雑なのですが、簡単にまとめてしまうと次の2点が重要です。

(1)味方の正規軍で味方の非正規軍を支援する場合、その正規軍の一部を各地方に分けて配置すべきだが、それによって正規軍を非正規軍の編成に組み込むようなことをすれば、脆弱な長大な防御線を構成することになり、これは簡単に敵に突破される。
(2)正規軍の大部隊が非正規軍を支援するために各地方に入ると、その地域の住民が大部隊の宿営、輸送、給養に駆り出されて疲弊する。それだけでなく、敵軍が大挙して押し寄せれば、もはや自力で敵に立ち向かうよりも、味方の正規軍に頼ろうとする心理が働くので、非正規軍の能力が低下する。

非正規軍を主体にした国土防衛の戦略を考える場合、正規軍で非正規軍を支援する必要はありますが、両者を一体的に運用しようとしてはいけません。指揮統一の原則も戦いの原則の基本ですが、それは非正規戦争で当てはまらないのです。

まとめ

クラウゼヴィッツは、あらゆる戦争に一般的に適用できるような戦略の原則を確立することは不可能だと考えていましたが、彼の非正規戦争に関する議論を読むと、その意味がよく分かります。非正規戦争においてクラウゼヴィッツが適用すべきだと主張した原則は、正規戦争において適用される原則とまったく異質だからです。

クラウゼヴィッツはナポレオン戦争が続いていた時期にプロイセン陸軍でゲリラ戦の教育を担当した経験もあり、その戦略と戦術に関しては専門的な研究を行っていたことが『戦争論』にも活かされていると思われます。ご興味がある方は「国民総武装(訳者によっては人民戦争)」を参照してみてください。

(画像:Pixles https://www.pexels.com/ja-jp/photo/1118861/; U.S. DoD https://www.defense.gov/observe/photo-gallery/igphoto/2002338461/

参考文献

クラウゼヴィッツ『戦争論』全3巻、篠田英雄訳、岩波書店、1965年

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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