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メモ ウクライナ戦争でロシア軍が獲得に失敗した「航空優勢」とは何か?

現在、ウクライナの軍事情勢を分析する人々の間では、ロシア軍が航空優勢を獲得するまでに至っていないという見方が広まっています。航空優勢を獲得することは、陸上部隊の攻撃機動を促進する上で極めて重要な条件です。もしロシアがウクライナとの戦争を続けるつもりであれば、遅かれ早かれ航空優勢を獲得しなければなりませんが、まだ予断を許さない状況です。しかし、ウクライナ情勢で初めて航空優勢という用語を知った方はそれが何を意味しているのか説明が必要でしょう。

まず、航空優勢は敵と味方が航空作戦で相対的に行使できる影響力の度合いを表している用語です。「航空優勢を獲得した」という言葉は、敵の航空機やミサイルに妨げられるようなことがなく、所与の時機、または場所で味方の航空機が任務を遂行できる状況であることを意味しています。このような理解で事足りる場合がほとんどですが、より専門的な議論では、絶対的航空優勢と相対的航空優勢を区別する場合があります。

絶対的航空優勢(air supremacy)は、ほとんど無条件に敵のミサイルや航空機に脅かされない状況であることを意味していますが、相対的航空優勢(air superiority)では戦況が許す範囲で、一時的、局所的に敵のミサイルや航空機に妨害されていない状況を指して使います。味方が相対的航空優勢を獲得できていないものの、敵もまた同じような状況にある場合、航空優勢という言葉を使わずに均衡(parity)という用語を使います。これは文字通り敵と味方の戦力が拮抗している状況であり、航空部隊だけでなく、防空部隊も含めた攻撃と防御が繰り広げている状況です。

ただし、航空優勢の獲得に成功したかどうかを客観的に判断することは決して簡単なことではありません。例えば、敵の空軍が保有する航空機をすべて撃破できたとしても、地対空ミサイルを運用する防空部隊が生き残っている場合、味方の航空機はその射程圏で安全に飛行できないので、航空優勢を獲得したとは断定することができません。あまり知られていないことかもしれませんが、現代戦において地上配備の防空火器は部隊あるいは拠点の上空を掩護する上で大きな役割を果たすことが可能であり、敵が航空優勢を獲得することを防ぐことができます。

その例証として、1965年、アメリカがベトナム戦争で北ベトナムに対して実施した大規模な空爆作戦であるローリングサンダー作戦を挙げましょう。当時、アメリカ軍は攻撃目標である北ベトナムのエクソン・バンの弾薬補給処に対し、多数の機体で反復しながら爆撃を加えようとしましたが、北ベトナム軍の地上部隊は補給処の上空に重厚な防空弾幕を構成し、敵機の進入を拒みました。そのため、アメリカ軍は予想外の損害を出すことになり、その後は反復して攻撃することを避け、不定期な攻撃に切り替えています。1965年に北ベトナム軍はソ連製の防空火器を2000門以上を取得しており、この戦闘でも有効射高が異なる複数の防空火器を運用しました。

北ベトナムの地上目標を空爆し続けるために、アメリカ軍の航空部隊は低い高度で作戦を遂行することを余儀なくされました。具体的には、およそ1200メートルから1500メートルの高度で飛行したのですが、そこも敵の防空火器の射高内であったために、決して安全な高度とはいえませんでした。ただ、低空で飛行していれば、地上の敵に発見される時機を遅らせることができるので、射撃もそれだけ遅れます。高い高度から接近し、敵が構成した防空弾幕に自ら飛び込む場合よりも相対的に有利であると判断されたにすぎません。

ローリングサンダー作戦は3月2日から12月2日までの9か月にわたって継続されたものの、アメリカ軍の損失累計は80機にまで膨れ上がりました。損失の80%が有効射高450メートルから1500メートルの防空火器によって発生していることから見て、地上配備の防空火器がアメリカ軍の航空作戦の結果に重大な影響を及ぼしたことが分かります。現段階で、ウクライナでロシアが航空優勢の獲得に失敗した理由を明らかにすることはできませんが、ウクライナ軍が防空作戦において航空機だけでなく、各種の防空火器を適切に運用しているのではないかと私は推測しています。

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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