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研究メモ 安全保障の議論で政策、戦略の次元にばかり注意を向けることは危うい

イギリスの研究者コリン・グレイ(Colin Gray)は現代の安全保障学の研究者の多くが政策、戦略の問題に注意を払っているものの、作戦、戦術の問題を軽視する傾向があるのではないかと懸念を示したことがあります。

もし政策や戦略が適切に設定されていたとしても、作戦部隊がそれらに沿って行動する段階で作戦または戦術の次元に何らかの問題が生じたならば元も子もなくなります。そのことをグレイは次のように表現しています。

「もし政府が戦争を開始する際に完全に正義が自分たちの側にあるように見えて、しかも国民はその戦争を支持していて、政治目標の選択も正しく、軍への供給は十分であり、そして兵器を始めとする装備が十分なものであったとしても、部隊の兵士たちは戦場という現場で戦わなければならないのだ。会戦や戦術レベルにおける戦い方を間違えてしまうと、その他のいかなる戦略の次元の総合的な強みを持っていたとしても、それが一気に消滅してしまうことにもなりかねない」(邦訳、71頁)

このような考え方は軍事学の議論で新しいものではありません。グレイ自身がイギリスの陸軍軍人ウィリアム・スリム(William Slim)の言葉を引き、優秀な将軍が作戦を指揮していたとしても、個別の戦闘では指揮下部隊の将兵に一任するほかなく、最終的に作戦の結果を決めるのは部下の勇猛さ、大胆さ、忍耐強さだと論じています(同上、71-2頁)。実際、戦術能力を備えた下級将校、下士官がいなければ、どれほど高性能な武器が大量にあったとしても、それらを戦闘力として適切に運用することは不可能です。

グレイは戦略、安全保障の議論を「上品でリベラルで学術的なものに」するアカデミアの傾向に対して批判的であり、戦場の視点で見える作戦と戦術の問題を避けるべきではないと強調しています(同上、70頁)。もちろん、現代の安全保障の問題は戦時における軍事作戦だけに限定されなくなっており、抑止や軍備管理など平時の外交交渉も考慮に入れて研究すべきテーマも多くなっていますが、そのために戦場の実相を無視した政策論や戦略論に陥ることがないように戒めています。

参考文献

コリン・グレイ『現代の戦略』奥山真司訳、中央公論新社、2015年

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