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メモ 特技(MOS)とは何か? なぜ米軍は人事管理にそれを取り入れたのか?

特技(military occupational specialty, MOS)とは、軍隊の人事管理において、ある特定の職務を遂行する知識、技能、身体能力、心理適性を備えていることを示す資格をいいます。軍隊ではさまざまな職務が内容、複雑さ、責任の大きさに応じて特技職として区分されており、その従事者はそれぞれに必要な特技を保有していなければなりません。もともとアメリカ軍が第二次世界大戦で導入した仕組みであり、大量の人材を動員した際に、彼らを適切に管理する必要に迫られて編み出されたものです。この記事では、それが取り入れられた理由を歴史的な経緯に沿って説明したいと思います。

アメリカは1941年に第二次世界大戦に参戦し、大規模な動員を実施したことで、1235万名の人員を擁する組織となりました。アメリカ陸軍はその中でも特に多くの人員を管理する必要に迫られたのですが、それは極めて複雑な業務でした。当時、アメリカ陸軍が直面した問題の一つが、体力、知能、技能の面で多種多様な人材の中から、戦闘員としての適性がある人材を効率よく特定する方法がなかったことでした。

アメリカ陸軍は1942年に動員を開始し、1943年に動員を完了させました。この間に身体検査、知能検査の結果と、職業分類に基づく職歴の内容を判断材料として、多くの人材の配属先を決めていきました。例えば、大型自動車の運転免許を取得している運転手は輸送科部隊に配属し、大型車両の運転手の職務を付与する、といった具合にです。このような方法は、ある程度機能しましたが、民間部門に類似した職業がない職種、例えば歩兵の適性がある人材を特定することが困難であることが次第に浮き彫りとなりました。

近代的な歩兵は最低でも10種類以上の武器の使い方を習得する必要があり、偽装・隠蔽、地雷の除去、地図の判読、応急処置、生存自活などの初歩的な知識も学習する必要がありました。もちろん、体力において優れた資質がなければならないことは言うまでもありません。歩兵部隊を率いる下士官や士官の適性を見極めようとする場合、戦術能力が求められることも問題でした。当時、戦術能力の優劣を判定する方法はまったく確立されておらず、どのような職歴を持つ人材が適当なのか評価することは難しい状況でした。

当初、歩兵科に相応しい能力を持つ職業として、登山家が挙げられましたが、そのような人材は民間でも極めて少数であるため、陸軍として軍事的に必要とする数を満たすことは不可能でした。また、民間において専門性が高い仕事に従事していた労働者は、身体能力、知的能力においても優れた成績を出す傾向にあることが分かってきたため、職歴内容を考慮して配属先を決めていくと、特定の職種部隊に優秀な人材が過剰に集中する傾向にあることも判明しました。また、能力が優れているかどうかとは関係なく、教師、ピアノ調律師、帳簿係といった軍隊であまり需要がない職業に従事していたホワイトカラー労働者が歩兵とされることが多いことも分かり、職歴を基準にした人事管理の問題がはっきりと認識されるようになりました。

1942年にアメリカ軍はこの問題を解決するために大きな改革を行い、詳細な職務分析を実施した上で特技を体系化しました。

あらゆる特技には001から999までの番号が付与されており、500より小さな番号であれば、その特技が民間の職業と対応していることが示されていました。例えば、014は自動車整備工、405は事務タイピストの特技が割り当てられていました。500以上の番号が付与されている特技は軍務に特化した特技であり、たとえば小銃手は745、対戦車砲手は610の番号が付与されていました。この番号ですべての特技を分類し、それぞれの部隊に必要な特技保有者の定員を編成表(tables of organization)で明確化すれば、どの特技保持者が全体でどれだけ不足しているのかを特定することが容易になりました。この仕組みは、単に軍隊の人事管理に役立っただけでなく、教育訓練の計画や実施を合理化する上でも成果がありました。

戦争を遂行する国家が軍隊の動員を成功させるためには、軍事上の要求を満たすことが必要です。しかし、場当たり的な人事運用で数合わせをしてしまうと、職務と能力の不一致、あるいは特定職務での慢性的な人員不足が発生し、戦闘力発揮を妨げる要因となることが、この事例から分かると思います。有限な人的資本を組織として可能な限り有効に活用する仕組みが重要であることは軍隊だけではなく、あらゆる組織について言えることでしょう。

参考文献

Palmer, R. R., et al. 1948. The Procurement and Training of Ground Combat Troops, Washington, D.C.: Department of the Army. (PDFファイル)

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