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ばらばらの私

小学生の頃、父の転勤で4年間東京の下町にある、9階建ての集合住宅に住んでいた。

自分たち家族の部屋は1階だったが、しょっちゅうマンションのエレベーターホールや別の階にふらふらと繰り出した。

小学生と見える子がいたら片っ端から話しかけてその子が望む遊具で一緒に遊んだし、時には適当にピンポンを押して知らない住民の家でお菓子をご馳走になることもあった。

行き当たりばったりの人間関係が昔から好きで、あの知らなかった視界が開ける感覚、相手によって引き出される自分のあらゆる一面が面白かった。

大学生まではそんな過ごし方が可能で、バイトでの自分、二つのサークルでの自分、ゼミでの自分は全て異なるし、そうやって分割して全部を集めたら一つの自分が完成する状態で上手くバランスを取って過ごしていたように思う。

だから、社会人になって職場が一つしかないのが本当にしんどく感じられた。
大学を出てすぐ、私は私立の高校で担任業務等をしていた。毎日同じ場所へ行き、朝から晩まで同じ人たちと協力し、同じ人たちに指導した。
しかし、そうやって同じ場所で同じ人たちにずっと連続する自分を見られるのがこんなにもしんどいのかと痛感したのだ。
いつも機嫌よく、調子良くはいられない。日によっては気持ちが毛羽立つし、そのことを同僚の先生や生徒に気づかれてしまう。なんやかんや言われる。ちゃんとしろ、と。
それは自分が一番よく分かっていて、だから今までは自分の調子が悪い時はサッと場所を切り替えて自分の違う面で対応するなどして対処していたのに。

教育の現場はやりがいや正義感を奮い立たせられたし、長く携わりたい気持ちもあったが、そういった別のストレスで私は夕食を毎日二回摂取するような過食や、突然の過呼吸などの症状を引き起こし、継続は難しいだろうと3年で辞めた。

友人に当時の写真を見せると「子ども3人いる疲れた40代の主婦みたいだよ」と言われたので(25歳だったのに涙)、高校の先生にはもう戻らないと決めた。笑

今は主に3つの仕事をしながら、月に1〜2回はイベントをし、新しくやってみたいことの準備で勉強もしている。いろいろな分野の友人ともちょくちょく会う。

私には何人もの私がいる。ばらばらの私を拾い集めながらの毎日。おかげでまあまあ調子良く過ごせている。



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