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【書評】『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦後』/著:庭田杏珠×渡邉英徳(記憶の解凍プロジェクト)~戦争の記憶を伝承する「バトンリレー」の現在~

 記憶が風化することは、人間にとって自然なことだと思う。誰の人生にも辛いことはある。例えば、仕事の大きな失敗、恋人との別れ、友人の死。その記憶が時間と共に薄れてくれるからこそ、人はその経験を乗り越えて生きていける。
 だが、記憶の風化に抗わねばならない場合もある。その一つは、例えば、歴史に残るような大きな悲劇が起こった時だろう。10年前に起きた東日本大震災。20年前のニューヨークの同時多発テロ。第二次世界大戦も当然その一つに数えられるだろう。人類史上初の広島・長崎への原子爆弾の投下や、沖縄での市民を巻き込んだ地上戦は、後世に語り継ぐべき悲劇だ。
 だが、1945年の終戦から、76年もの長い月日が流れている。あまりにも長い時間だ。当時10歳だった少年も、今では86歳の老人だ。当然、亡くなられている方もいるだろう。長い時間が経つ中で記憶が風化するだけでなく、語り手すらも減っていく。
 その中で、記憶をどう後世に伝えていくのか。今回紹介する『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦後』は、戦争の記憶を伝承する最新の活動を記録した一冊である。

 タイトルが示す通り、本書は戦前・戦後のモノクロ写真たちをAI技術を用いてカラーにした写真集である。時期は、第二次大戦前の1930年代から終戦の1945年まで。写真は大きな戦争の被害にあった広島と沖縄を中心に選ばれている。
 なぜ、写真をカラーにする必要があったのか。著者の一人である庭田杏珠さんはこう語っている。「カラー化写真でよみがえらせることで、戦前には私たちと変わらない暮らしがあって、それがたった一発の原子爆弾によって一瞬のうちに奪われてしまったことを、自分ごととして想像してもらいたい」(本書あとがきより)。
 本書の前半では、同じ写真がモノクロ、そしてカラーと続けて載せられている。ぜひ、モノクロのページで立ち止まり、ゆっくりと写真を味わってほしい。恐らく、次のページにあるカラー写真との印象の違いに驚かれるのではないかと思う。モノクロでは「遠く、違う世界の出来事」に感じた風景が、カラー写真になると一気に「少し前、日本のどこかであった景色」のように身近に感じられる。これが著者の言う「自分ごと」にするということだろう。
 カラーにする目的は、写真をただ身近に感じてもらうだけに留まらない。「本書を囲んで、おじいちゃんやおばあちゃんに戦前の暮らしについて聞いてみたり、(略)それぞれが感じた想いをまた、大切な友達や家族に伝えて欲しい」と庭田さんは語る。
 実際に、コミュニケーションを広げていくために様々な活動が行われている。例えば、著者の一人である渡邉英徳さんはTwitterにおいて、「●●年前の今日」という形式で、カラー化された戦争の写真を継続投稿している。3万人以上からの「いいね」を受けるような大きい反響を呼ぶツイートも生まれている。


 本書の著者欄に「記憶の解凍プロジェクト」と入っている通り、本の出版はプロジェクトのほんの一部に過ぎない。著者たちは、展示会、位置情報と写真を結びつけるAR、あるいはMV作成など、様々な活動を行っている。現代の技術を使った新しい「伝承」が、過去の写真に新しい命を吹き込み、新たなコミュニケーションを生み続けている。
 
 この本を読んで思い出したのは、東日本大震災の悲劇を語り継ぐ人の存在だった。この震災でも、第二次世界大戦と同じように記憶を後世に残すための活動をしている人がいる。そのことをノンフィクションライター・石戸諭さんの本で知った。
 その中でも、特に福島彰浩さんのことばが印象的だった。彼は、2011年3月11日の当日、元東京電力社員で、福島第二原発の中にいた。震災後、原発の廃炉と地域の未来を考えていくために、会社を辞めて一般社団法人を立ち上げている。その福島さんが「夢」としてこんなことを語っている。「福島第一原発を誰もが語れるものにしてみたいなって。あれ知らないと語るなとか、これ知らないとダメじゃなくてね。だってあの日には生まれてもいない世代が、これからの未来を背負うわけだから」(『視えない線を歩く』/石戸諭著より)
 これは、全ての伝承が直面する課題だろう。いつか「あの日に生まれてもいない」世代が受け取ってくれなければ、引き継がれてきた伝承は途切れる。

 この「悲劇の当事者の想い」を思い返した時、私にとっての本書の味わいも変わってきた。
 本書の著者である庭田杏珠さんは2001年の広島県出身。庭田さんにとっての戦争は産まれるより50年以上前の出来事であり、まさに「あの日に生まれていない」世代だ。その著者が、過去から伝承のバトンを受け取る。しかも、最先端の技術を用いて、過去の写真を「解凍」して新しい命を吹き込み、伝承を続ける。
 これは、福島さんの言葉を借りれば、当事者たちにとっての「夢」のようなバトンリレーなのではないかと、私は思う。
 
 記憶は風化する。それは避けようがない。
 でも、バトンを受け取り次の走者に渡そうとする意志を持つ人がいる限り、長い時間を超えて「当事者」の思いは伝承されうる。
 そんな希望を感じた一冊だった。

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