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【連載短編小説】第19話―預言する文字列 前編【白木原怜次の3分ショートホラー】

人気シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第19話 預言する文字列 前編

 まるで休み時間の延長だな。
 大学の講義――客員教授のくだらない自慢話が繰り広げられる中、その声に負けない声量で多くの生徒たちが雑談していた。こっちも話の内容はくだらない。
 かといって、一人でいる俺が何か生産的なことをしているかというと、そうではない。スマホを何気なくいじっているだけだ。
「おっ」
 つい声が出てしまった。というのも、この世で唯一、俺に期待を持たせてくれるものに出会ったからだ。スマホの画面には目を引くように工夫されたタイトルの記事たちが羅列している。俺はそこから最新の記事をタップした。
 自殺者が多発している駅か……。
 都市伝説やゴシップ、未解決事件といった類の社会の裏側を突いた記事を読むのが、俺の趣味だった。そういった記事をまとめているサイトはくまなくチェックしてきたが、どこも更新頻度は高くない。華やかさに欠けた大学生活を送っている俺にとって、そういう系統のサイトの記事が更新されている日は自然と心躍るのだ。自覚した当初はそれを虚しいと感じたが、最近はそんな感情も麻痺してきていた。
 さて――
 俺は『自殺者が多発している駅』という記事の本文に集中することにした。どれどれ。
 飛び込み自殺……まあ駅ならそうだろうな。
 捨て記事かな、と思っていたところで、統計データを示す表に目がいった。
 今月だけで既に17人が飛び降り自殺をその駅でしているというのだ。さらに驚くべきは、全員が同じホームから同じ路線へ飛び降りているという点だった。
 おいおいマジかよ。
 俺は呪いの類を信じない。しかし、世の中には呪いとしか言い表せないものがある。この記事が嘘を書いていないとしたら、その類に分類される。
 俺は記事のタイトルをSNSで検索してみた。数件ヒットしたが、一部の人間が騒いでいるだけで大きな話題にはなっていなかった。おそらく、検索上位に来るサイトの記事ではないからだろう。
 チャイムが鳴ると同時に俺は教室を飛び出した。この記事はアレ・・をやるに値すると思ったからだ。あと二つ授業が残っていたが、構わず直帰した。


 アパートに着いて自分の部屋に入ると、俺は電気もつけずパソコンデスクに向かった。パソコンの電源を入れて、インターネットに接続する。
 さっき授業中に見た記事をブラウザで開き、もう一度本文を読み返した。
 自殺者が相次いでいる例の駅は都心部から少し離れた場所にあり、大学からは遠いけど、このアパートからは乗り換えなしで行ける。それを確認したあと俺は小さくガッツポーズ。
 アレができる――独自調査をする甲斐がある。
 この手の記事は信憑性に欠けるとしてテレビで報道される確率は低い。週刊誌の余った枠に小さくまとめられることが稀にあるだけだ。メディアが取り上げるのは人が人を殺した事件ばかり。俺はそんなものこそくだらないと思っている。動物なんだから殺し合うのは当然だ。それに、殺人事件は報道された時点で、既に解決していることが多い。それに比べて、都市伝説や噂は寿命が長い。そして、公的機関が動かないおかげで、俺のような変わった好奇心を持つ人間には素晴らしい目的を与えてくれる。
「明日だな」
 まだ日が沈んで間もなかったが、明日に備えて寝ることにした。久しぶりの独自調査……楽しみだ。


 朝焼けがカーテンから差し込んでくる。目覚まし時計なしで起きたのはいつぶりだろうか。体は軽い。脳も冴えてる。体調は万全だ。
 出かける支度をさっさと済ませて、俺は高揚する感情と共に部屋を出た。今日は平日だが、下りの電車に乗るので通勤ラッシュに巻き込まれることもない。雲ひとつない青空を眺めながら、運が味方していると思った。無趣味だった俺に夢中になれるものを授けてくれた神がいるのでは、とすら思う。


 目的の駅に到着すると、俺はまず駅構内を見渡した。自殺企図を促すような要素を探しているのだ。まあ、あったとしても見つける自信はないけどな。
 ここが推理小説の舞台だったとしたら、何か複雑なトリックが建物内にあって――という展開になるのだろうか。それはそれで面白いけど、俺は警察でも探偵でもない。強いて言うならば、私立調査員(依頼は受け付けません)といったところか。
 それにしても、何の変哲もない駅だな……。
 飛び降りスポットがあるホームに行くまで、何か楽しめそうなものはないかとトイレや売店にも入ってみたが、自殺企図を促すどころか、普通過ぎて退屈だ。
「期待し過ぎたかな」
 と言いつつも、俺は退屈をそれなりに楽しんでいるのかもしれない。最初から最後まで緊迫したムードの小説はつまらないからな。抑揚が大事だ。そんなどうでもいいことを考えながら、俺は電光掲示板を見上げた。そろそろ快速急行がこの駅を通過する。ホームに降りる時間だ。
 階段を下りてホームに出ると、やはり例の路線で電車を待つ人はほとんどいなかった。
 どの辺りで皆飛び降りたのだろう。いや、さすがにそれはバラバラか。
 とにかく、俺も立ってみよう。
 数十秒後、快速急行が来る直前に、俺の体は宙に――路線に浮いていた。
 誰かに押された感覚はない。もちろん、自分で体を投げ出したわけでもない。
 分かっているのは、俺は死ぬということだけだ――。
 一体、どうして。

―続きは後編へ―

第18話 それぞれの研究成果               後編

著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field