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恐怖に沼る!里(人間)と沼(自然異界)の恐怖譚『里沼怪談』(戸神重明)まえがき+収録話「夜更けに来るモノ」全文掲載

人里近くに存在しながら、どこか得体の知れぬ不気味さが漂う〈沼〉。
日本各地の沼に纏わる怪異体験、恐怖譚を集めた異色の怪談集!


あらすじ・内容

「ここは生きた人間が来る場所じゃあねえ」
原野の真ん中、泥色に濁った沼。
現れた男衆は一斉に鋤や鍬を振り上げて…
――「お化け沼」(栃木県)より

■深夜の馬牛沼から立ち昇る光の虫。
祖父は恍惚とそれを咀嚼する…「真夜中の手伝い」(宮城県)
■高子沼の畔に出る頭が人間で胴体がツキノワグマの化け物…「獣人の沼」(福島県)
■帰宅中に迷い込んだ渡良瀬遊水地。
止水の向こうから現れたのは野良着姿の死人たち…「お化け沼」(栃木県)
■沼の神に石を投げた少年が謎の溺死を遂げる…「蛙沼の主」(群馬県)
■一人で沼を訪れる時だけ現れる少女の正体…「少年の日の思い出」(岐阜県)
■死者の魂が火の玉となって飛来し、歳の数だけ旋回する沼…「夜更けに来るモノ」(和歌山県)

【その他収録沼抜粋】
長沼(宮城県登米市)…沼上でサンバを踊る女の幻
平筒沼(宮城県登米市)…顔からエビが生えた人頭の獣
蕪栗沼(宮城県大崎市)…沼で採取する不思議な雪
弁天沼(宮城県白石市)…畔の東屋にいる鎧武者の呪い
馬牛沼(宮城県白石市)…沼から立ち昇る不気味な光の玉
三頭沼(秋田県能代市)…沼の豊穣神・虎子姫の怪
白鷹湖沼群(山形県山形市)…沼上を滑る白い着物の女
高子沼(福島県伊達市)…畔に出現する人面熊の恐怖
五色沼湖沼群(福島県北塩原村)…青い沼の水と廃墟ホテル
渡良瀬遊水地(栃木県栃木市)…死人が彷徨う異界の沼の畔
多々良沼(群馬県館林市)…沼で自殺した女の霊が祟る
八王子丘陵の沼(群馬県太田市)…四つ足のアメンボ女
赤城大沼(群馬県前橋市)…沼の上で踊り狂う赤い女
通称・蛙沼(群馬県安中市)…沼のヌシの祟り
印旛沼(千葉県印西市ほか)…外来魚をとる謎の怪人
……ほか。

まえがき(抜粋)

 私は昨年(二〇二三年)七月一日に、世界初の試みと思われるイベント「高崎怪談会31in板倉 ナマズ怪談会」を、群馬県邑楽郡板倉町の雷電神社参道にある〈川魚料理 小林屋〉で開催した。これはナマズ料理を食べて、ナマズをはじめとする淡水魚や淡水生物、河川湖沼で起きた怪談ばかりを語る企画であった。
 参加者は十九名と、さほど多くはなかったが、群馬県内のみならず、埼玉県や東京都、福島県からも参加して下さった方がいて、楽しんでもらえたようである。ナマズは淡白な白身魚で癖がなく、天婦羅やたたき揚げにすると、ボリュームも出て、実に美味い。
 群馬県の東南端に当たる邑楽郡板倉町は、平地で川や沼があちこちに存在し、ナマズやウナギ、コイやフナなどの川魚料理を食べる食文化が色濃く残されている地域だ。〈川魚料理 小林屋〉や隣接する雷電神社の周辺は、かつて板倉沼(古代には伊奈良沼)と呼ばれる広大な湖が広がっていたという。
 西隣の館林市にある城沼とも繋がっていたとされる板倉沼は、かなり以前に大部分が埋め立てられてしまったものの、現在でも板倉中央公園内に〈雷電沼〉として、一部が残されている。この辺りでは、昭和の時代にオトカ(狐)に化かされる怪異がよく起きていたそうだが、詳しいことは既刊の編著『群馬怪談 怨ノ城』収録「水の郷板倉町」(執筆者、撞木)を御参照いただければ幸いである。
 さて、板倉町での開催には、少し難儀な面があった。〈川魚料理 小林屋〉はとても素晴らしい会場であり、女将さんも明るく親切な方なのだが、群馬県西南部の高崎市からは車で二時間弱かかる。同じ群馬県内でも、近くはないのだ。とくに現在では国道三五四号バイパスが開通して便利になったが、以前は片道三時間近くも要したのである。
 そのため、板倉町を含む邑楽郡や隣接する館林市へ行く機会は、数年に一度あるかないかで、少なかった。そして、たまに行ってみると、これは館林市においてだが、公共施設などに設置されたポスターや看板で、〈里沼〉という熟語を目にすることが多かった。
〈里沼〉とは、〈里山〉から想を得た造語で、人里近くにあり、漁業などの生業や魚釣りなどの遊び場として人々に親しまれてきた沼、武士の時代には濠として機能するなど、生活に密着し、歴史文化を育んできた沼のことだという。館林市が地域おこしで行った事業で、文化庁から日本の原風景として、市内の五つの沼が日本遺産に認定されている。
 該当しそうな沼がない高崎市では、まず耳目にしない言葉、発想であり、館林市や邑楽郡との交流が生まれたことで、私は〈里沼〉に心を惹かれるようになった。さらに怪談屋として、〈里沼〉の怪談を探してみたくなった。
 それが本書を書くことに決めた動機である。 

試し読み

夜更けに来るモノ(和歌山県)

 和歌山県の山村で育った男性、真さんが、一九七〇年頃に体験した話である。当時、彼が住んでいた家には祖父母が同居していて、東の端にある小さな和室が二人の部屋になっていた。真さんはよくその部屋へ遊びに行ったが、祖父が嗜んでいた酒や煙草が置いてあったのを今でもよく覚えているそうだ。祖父はいつも酒は水色をした一升瓶の日本酒を、煙草は両切りで安価な〈しんせい〉を好んで買い置きしていた。
 家の隣には民家がなく、名もなき小さな沼と、それを取り巻く大きな湿地が広がっていた。家の前には山から湧き出た水が流れる用水路があって、コイ科の魚であるアブラハヤや両生類のアカハライモリ、サワガニなどが沢山棲んでいた。用水路からは澄んだ水が沼に流れ込んでいた。したがって、沼といっても人工の溜め池だったのか、あるいは放置された休耕田だったのかもしれない。もちろん、そこもトンボが飛び交ってカエルが鳴く、生き物たちの絶好の住処となっていた。
 祖父母の部屋は、そんな沼と湿地に隣接していた。
 さて、地区内(村の中)に住む、金次さんという高齢の男性が亡くなったときのこと。
 その翌朝、祖父母が、
「昨夜、沼に金さんが来とったなぁ」
「そうやなぁ」
 などと、真面目な顔をして話していた。
 何のことかと、真さんが訊いてみたところ、
「この地区で死んだ人の魂は、火の玉になって、あそこに来るんや」
 祖父がそう言って、窓から見える沼と湿地を指差す。夜には真っ暗になる場所であった。
「ほんで、その人の歳の数だけ、ぐるぐる回るんやで」
 と、絶妙のタイミングで祖母がつけ加える。
 幼かった真さんは震え上がり、訊かなければ良かった、と後悔したという。
 
 しかし、それから一年ほど経つと、真さんは怪奇現象に興味を持ち始めた。
(怖いけど、僕も火の玉を見てみたい)
 そう思うようになったのだ。
 地区内には年寄りが多くいて、冬の初めにトメさんという高齢の女性が亡くなった。大人たちの会話から、それを知った真さんは祖父母に、
「火の玉が出たら教えて。僕も見たいんや」
 と、頼んでおいた。
 祖父母は苦笑していたが、夜が更けて、真さんが自室で眠ろうとしていると――。
「マコちゃん、出よったで」
 と、祖母が知らせに来てくれた。
 祖父母の部屋へ行ってみると、確かに窓ガラス越しに青い光が動いているのが見える。宙を舞う火の玉だ。小柄な女性の頭部ほどの大きさで、長さ五、六十センチはありそうな光の尾を引いていた。同じ場所をぐるぐると回っているらしい。
 真さんはもっとよく見ようと窓を開け、身を乗り出して外を眺めた。
 亡くなったトメさんは九十歳を超える長寿だったせいか、青い火の玉はちょうど沼の上の辺りをゆっくりと、何周も旋回していた。火の玉の放つ光に照らされて、黒い水面が見え隠れしている。
 真さんは寒いのと眠いのを我慢して眺めていたが、二十周ほど回ったところで、
「寒いから、窓閉めな」
 と、祖母に注意された。
 窓を閉めてからも、火の玉は旋回を続けていた。
「明日学校なんやろ。もう寝なあかんで」
 祖父からも注意されたが、真さんは、
「ちょう待って!」
 と、拒んで最後まで見届けた。
 火の玉は六十周ほど回って、ふいと消滅した。辺りが真っ暗になる。
 祖父母が気づいたときには既に旋回を始めていたそうなので、実際には九十周以上、回っていたのであろう。
「歳の数だけ回るって、ほんまの話やったんやなあ」
 
 その後、祖父母は鬼籍に入り、沼と湿地は埋め立てられてしまい、学校が建てられた。飛び回る火の玉が目撃されることもなくなったという。
 人魂や鬼火については、メタンガスが自然発火する説、カゲロウやカワゲラなどの昆虫か、鳥やコウモリが発光バクテリアを身体に付着させて飛んでいた説、プラズマ発光説などがあり、ほぼ科学的に解明されている。だが、真さん曰く、年齢の数だけ旋回していた火の玉に関しては、人間的な意思の力が感じられて、不可思議に思えたそうである。

★著者紹介

戸神重明(とがみ・しげあき)

群馬県出身在住。単著に『幽山鬼談』『いきもの怪談 呪鳴』「怪談標本箱」シリーズ(『生霊ノ左』『雨鬼』『死霊ノ土地』『毒ノ華』)『上毛鬼談 群魔』『群馬百物語 怪談かるた』『恐怖箱 深怪』。共著に『新潟怪談』『群馬怪談 怨ノ城』『田舎の怖イ噂』『恐怖箱 煉獄怪談』『怪 異形夜話』など多数。
地元の高崎市で怪談イベント「高崎怪談会」を主催、その傑作怪談を集めた『高崎怪談会 東国百鬼譚』では自ら編著を務めた。多趣味で昆虫、亀、縄文土器、スポーツ観戦、日本酒などを好む。

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