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三代目怪談最恐位が綴る、厭な話満載の実話怪談集!『厭談 戒ノ怪』(夜馬裕)著者コメント+試し読み1話

霊に憑かれる人、霊に弄ばれる人!
いやーな実話怪談集!

厭談 戒ノ怪(オビつき)

内容・あらすじ

怪談師として活躍中、後味悪い厭怪談の名手〈三代目怪談最恐位〉夜馬裕の待望の新刊!
陰惨な事故物件へ引っ越してから次第に妻の様子がおかしくなり…「逃げ回る男
正体不明の誕生日カードに込められた驚愕の真実「しもべより
亡き伯母の家に隠された壺から溢れ出る恐怖「お籠めさま
先輩に憑いた女の謎を探るうち、やがて辿り着く忌まわしき正体「お嫁さん儀式
そして、「圓山町怪談倶楽部」で語り、観客を震撼させた伝説の恐怖譚「墳墓の丘」を完全版として収録。行方不明になった親友に纏わる怪異と戦慄すべき謎とは!

みっしりと濃くねっとりと黒く紡がれる恐怖の数々をご堪能あれ。

著者コメント

本書は初単著作『厭談 祟ノ怪』に続く、『厭談』シリーズ単著二作目です。
『厭談 戒ノ怪』というタイトルの通り、「厭」あるいは「戒め」を彷彿とさせる話の数々を書かせていただきました。
さて、厭な話が好きな私にとって、最も怖い「厭」というのは、ふとした瞬間に垣間見える、底知れない「人の悪意」です。
たとえ「夫を呪い殺した悪霊の話」がどんなに陰惨でも、その夫が呪い殺された話を「嬉しそうに語る妻の姿」のほうが何倍も恐ろしいものです。
私たちは、実は日常的に、この「人の悪意」に接しています。
そして、自分自身の中にも眠っています。
現実で触れる悪意は、人を消耗させ、傷つけ、弱らせるものです。
悪意というこの最も恐ろしい「厭」を、どうやって浪漫に満ちた怪談の世界へ取り込み、娯楽に昇華させられるのか。「厭な話をこよなく愛する怪談師」として私が最も大切にしていることのひとつです。
ここでは、そんな一作をご紹介させていただきます。ぜひご一読ください。
そして、本書が一人でも多くの方に楽しんでいただけることを願ってやみません。

試し読み1話

事故現場

 九州の飲み屋で知り合った純次さんは、六十代半ばで引退するまで、三十年以上も警備の仕事を続けた大ベテランである。
 深夜警備中の恐怖譚などあるかと思いきや、
「俺はそういうの興味ないね。お化けなんか気にしても仕方ない。なんかあったときに冷静でいて、気を抜かねえこと。おっかなくて危ねえのは、いつも人間だから」
 そう笑いながら焼酎をあおった。
 ならば、人間の怖い話は……と聞いたら、教えてくれたのがこれである。

 一九九○年代後半、バブル崩壊の余波で不況が続き、不良債権やリストラという言葉が世に蔓延まんえんしはじめた時期のこと。
 当時、純次さんは建築関係の会社で深夜の警備をしていた。
 バブル崩壊後は特に建築業界の景気が厳しかったが、数年前に亡くなった創業社長が手堅く商売をやっていたおかげで、バブルがはじけて周囲が次々と倒産する中、この会社はしっかりと黒字を出していた。
 跡を継いだ二代目の社長は少々頼りないと不評らしいが、先代は金儲けだけではない人徳があったようで、細やかな気配りを忘れない性格で社内外からの信頼も厚く、これぞ商売人のかがみと称えられる傑物だったそうである。
 とかくワンマンになりがちな創業社長が、没後も社員からしたわれることは滅多にない。
 それを聞くだけでも、先代の人柄がしのばれるというものだ。
「給料の支払いも良くってな。いい会社だったと今でも思ってるよ。ただ勤めて最初の年末に、総務部長から変な仕事を頼まれたんだ」
 普段警備をしている正面玄関や深夜の巡回は、別の警備員に頼むからしなくていい。年末年始の一週間、夕方十八時から翌朝の六時までの間、旧駐車場を見回ってほしい、という依頼であった。
 本社から通りを隔てた場所にある旧駐車場は、社屋から離れているためあまり使用されておらず、地上部分は廃材置き場、地下は自動車通勤の数名が使用するだけであった。
 ましてや年末年始の休業中に、地下駐車場を使用する者などいるはずもないのだが、建築業という仕事柄、休日返上で働く者もいるので、駐車場を閉めるわけにいかない。
 無人に近い地下駐車場は治安上の問題があるので、申し訳ないが一晩中警備にあたってほしい。特別手当はきちんと出す。そんな仕事を、総務部長から直々に頼まれた。
だが、無人に近いのは本社にある新設の駐車場も同じである。にもかかわらず、そちらの警備は不要なので、とにかく旧駐車場のほうを頼むと言われた。
いまひとつ釈然しゃくぜんとしなかったが、昨年妻に先立たれた独り身なので、寝正月を過ごすよりも、仕事をしたほうが気晴らしになる。そう思って、純次さんは仕事を引き受けた。
 おそらく、柄の悪い奴らがたむろしたり、面倒なホームレスが居着いたりするので、トラブルを表沙汰にせず、ベテランの自分にうまく対処してほしい、そんなところだろうと勝手に決めつけ、まかせておけ、と意気込んで臨んだものの、いざ初日を迎えてみると、トラブルどころか車も人もまったくいなかった。
 三十数台車を停められる広さはあるが、それでも端から端まで十分に見渡せる。車がないので、障害物といえば柱しかない。入口にある守衛用の小部屋に座って、人の出入りがないか見守りつつ、一時間に一回、上の資材置き場を確認する退屈な警備であった。
 ところが、初日が終わろうという頃、朝の六時前だというのに総務部長から電話があり、何も問題はないか、事故は起きなかったかと確認された。
 問題ないと答えると、「もし事故があった場合は、君の判断で冷静に対処してほしい」と意味深な言い方をされた。
「はい! とは答えたけど、事故が起こると思っている口調が、どうにも気味悪くてな。
 思えばそのあたりから、すでに変な感じだったな」と純次さんは苦笑いしながら話す。
 結局、何事もないまま新年を迎え、相変わらず車一台来ない地下駐車場の守衛室で、ラジオを聴きながらぽつんと座っていた六日目の夜のこと。
 六日間誰も来ないので、さすがに気がゆるみ、純次さんはついうたた寝をしてしまった。
 目が覚めたのは、キキキーーッというブレーキ音と、ドンッという衝撃音が、間近で聞こえたからである。
 飛び起きた純次さんは、突然の惨状に我が目を疑った。
 地上につながる出入口のそばには、ヘッドを回転させた乗用車が停止している。急ブレーキを踏んだからだろう、ひと目でわかるブレーキこんが地面に付いていた。
 そして、少し離れた場所にはコート姿の女性が倒れていた。
 水色のコートには、真っ赤な染みが広がっており、何が起きたかは一目瞭然りょうぜんだ。
 純次さんが守衛室を飛び出すと、車からも運転手の中年男性が転げ出てきた。
 普段の警備では見かけないが、仕立ての良いダブルのスーツを着ており、車も高級車なのを考えると、おそらく重役クラスと思われる。
 年の頃は五十歳前後、おそらく自分と大差ない年齢だろう。髪は薄めだが整髪料できっちりセットされており、見るからに仕事の出来る風情である。
 だがそんな男性も今は激しく狼狽ろうばいしており、倒れた女性に駆け寄ると、揺すりながら「大丈夫か! き、きみ、大丈夫かっ!」と上擦うわずった声で叫んでいる。
「動かしては駄目です!」と言いながら純次さんも側に走り寄ったが、ひと目見てもう助からないのがわかった。
「跳ねられた勢いで激突したんだろうね、すぐ近くの柱は血の跡がべったりで、救急処置をしようと覗き込んだら、女性のくびは完全に折れていた。根元からへの字に曲がってたからね、こりゃ死んでるとすぐにわかったよ。三十代くらいの女性に見えたな。顔が潰れてなければ美人だったかもしれない。だけど床にはどんどん血が広がってくるし、仏さんには気の毒だけど、こっちは吐き気を我慢するのが精一杯だったよ」
 それでも念のため、瞳孔どうこうや呼吸、脈拍を素早く確認したが、やはり見立て通り亡くなっているのは間違いない。
 救急車と警察を呼ぼうと思って立ち上がると、何かを察したのか、男性が純次さんの腕をぐっと掴み、「警察に連絡するのは少し待ってくれ!」と強い口調で言ってきた。
「この人がもう助からないのは、素人の私にもわかる。一刻を争う状況ではないだろう。だから頼む、ちょっと待ってくれ」
 そう言いながら、純次さんの両腕をしがみ付くように押さえて必死に訴えてくる。
 男性が言うには、駐車場に停めようと地下に降りたが、出入り口の坂が急傾斜なうえにカーブしているので、守衛室の角から突然飛び出してきた女性を避けることができずいてしまったという。

 会社は休みだし、こんな遅い時間に人が居ると思わなかったので、徐行せずに入ってきてしまったから、思いきり跳ねてしまった。女性には申し訳ないが、これは本当に不可抗力だ。
 もちろん、そのことは警察にもきちんと言うつもりだが、実は仕事の付き合いで少し酒が入ってしまっている。これでは不慮ふりょの事故が、飲酒運転の殺人になってしまう。
 頼むから、酒が抜けるまでの数時間、通報しないでここで待ってもらえないか。
 でもそうしたら、なぜ通報が遅れたんだと警察に問い詰められて、君に迷惑がかかるかもしれない。だから、いっそのこと別の場所で事故を起こしたことにしようと思う。
 手伝ってくれたら、女性をトランクに積んで別の場所へ運ぶことにするよ。
 なに、警察には必ず私から連絡する。うん、それが一番いいかもしれない。
 だから、な、頼む、酒が抜ける間だけ見逃してくれ。

 そんなことを、必死の形相で純次さん相手にまくし立てたという。
 純次さんが、「そんなこと許されるわけないでしょう。落ち着いてください。不可抗力なら警察もわかってくれるはずです。とにかく通報しましょう」と冷静に説得しても、男性は純次さんにすがり付いて、「頼む、頼む」の一点張り。
 み合いながら押し問答を繰り返したところで、突然、男性の口調が変わった。

 はっきり言おう。君はわかっていないが、私は会社でも非常に立場のある人間だ。
 会社は今とても難しく大事な時期でね。警備員の君にだってそんなことわかるだろう。
 今、私が飲酒運転で逮捕されれば、文字通り会社は傾いて倒産だよ。千人近い従業員や関係者が、職や仕事を失うことになる。
 何も君に協力しろと言っているわけじゃない。少しの間、見逃してほしいだけだ。
 女性は可哀想だがもう助からない。今大切なことは、君も含めた我が社員の生活を守ることだ。頼む、わかってほしい。

 そんなことを話しながら、男性は懐からおもむろに厚みのある長財布を取り出した。
 男性は財布に入っている万札をすべて引き抜くと、
「たぶん四、五十万はある。今はこれしか手持ちがないが、会社を守ることができれば、後日きちんとした謝礼をするつもりだ」
 と言って、純次さんの手元に札束を押し込んできた。
 男性の目からはあせりが消え、人に命令をしてきた人間特有の威圧的な光が宿っている。
 純次さんは、「一瞬、説得されかけちゃったよ」と苦笑いしていたが、それでもきっぱりと申し出を断ったという。
「だって、トランクに積んで別の場所に移すとか、明らかにおかしいでしょ。その後で自首なんてするわけがない。俺に口止め料を握らせて、このまま揉み消すつもりなんだろうなと思ったら、ふざけやがって! と腹が立ってきてな」
 男性を振りほどくと、制止も聞かず携帯から一一〇番をしたという。
 ところが、警察が出るはずの電話は、呼び出し音のままつながらなかった。
 五秒、十秒、三十秒と待っても、受話器の向こうから声が聞こえてこない。
 その間男性は何も言わず、表情の消えた顔で、静かに純次さんを見つめていた。
 とにかくもう一度かけ直そうと思った時、足元に倒れている女性の亡骸が、むくり、と起き上がった。もちろん、首は直角に折れたままである。
 そして血塗れの女性は、ぐはははははは、ぐはははははは、とくぐもった声で大笑いしながら、純次さんのすぐ近くに顔を寄せてきた。
 今回は、あたしの勝ちだわあ。ぐはははは。
 勝ちだわあ。ぐはははは。
 唖然あぜんとして硬直する純次さんを尻目に、女性はくるりときびすを返した。
 そして、あたしの勝ちだわあ、勝ちだわあ、と大声で笑いながら、頸の折れた血塗れの姿で、スタスタと歩いて地上出口へ消えて行く。
 すると中年男性も悔しそうな声を出して、「くっそお、今回は負けたかあ」と言って、負けたかあ、負けたかあ、と言いながら、こちらもサッと車に乗り込むや、滑るように発車させて、そのまま出口へ消えて行った。
 純次さんは仰天したまま、その間、何一つ反応できなかった。
 我に返って周囲を見渡すと、血の跡もブレーキ痕も何もなく、先ほどまでと何も変わりのない、空っぽの駐車場に戻っていたという。
 純次さんはすぐに総務部長に電話をして、今起きたことをありのままに報告すると、まるでわかっていたかのように落ち着いた声で、「ご苦労様です。今回の警備の仕事はこれで終わりです。七日目は出勤の必要はありません」と言って電話を切られた。
 休み明けに出社して総務部長に会うと、あれこれ質問しようとする純次さんをさえぎり、「他言無用でお願いします」とだけ言って、相当な額の特別手当を現金で渡された。

 話し終えた純次さんに、「えっ、それで終わりですか」と私が聞くと、「そうだよ」とあっさり言われてしまった。
 聞けば、その会社の警備は給料も良かったのでその後も数年続けたという。ただ、旧駐車場の警備の仕事は二度と回ってこなかった。
 わかっているのは、毎年、新しく勤めた独り身の警備員が同じ仕事を割り当てられていたこと、たいていは年が明けると皆すぐに退職してしまったことだけである。
「あれは、毎年やってる賭けなんだろうね。俺はそう思ってるよ。男を見逃す奴もいるだろうし、俺みたいにそうじゃない奴もいる。何回決着がつけば終わるのかはわからないけど、今だって延々と続いているかもしれない」

「ただね、あれが始まったきっかけは、なんとなく想像がつくんだ」
 純次さんは、その出来事からしばらくして、あの中年男性とそっくりの写真を会社のエントランスで見かけた。それは、亡くなった創業社長の若い頃の写真であった。
 先代の社長は車が大好きだったのに、ある時からパタッと運転をやめたらしい。
「やっぱり、おっかないのは人間だよ。そして、いざという時は冷静じゃないとな」
 そう言うと純次さんは、強い焼酎をグイッとあおいだ。

―了―

🎬人気怪談師が収録話を朗読!

https://youtu.be/2l1Sg29Gw-M

12/26 18時公開予定

著者紹介

夜馬裕 (やまゆう)

怪談師/怪談作家。
三代目怪談最恐位(怪談最恐戦2020優勝)。カクヨム異聞選集コンテスト大賞。第7回幽怪談実話コンテスト優秀賞。インディと怪談師ユニット「ゴールデン街ホラーズ」を結成中。映画、猫、海の生き物、料理が好き。
著書『厭談 祟ノ怪』、共著『瞬殺怪談 死地』『現代怪談 地獄めぐり 業火』『高崎怪談会 東国百鬼譚』『黄泉つなぎ百物語』、「怪談最恐戦」シリーズ(以上、竹書房)、『趣魅怪談』(彩図社)。DVD「圓山町怪談倶楽部」「怪談最恐戦」各シリーズ(以上、竹書房)、「怪奇蒐集者(コレクター)」シリーズ(楽創舎)他多数。

シリーズ好評既刊

厭談

おもな共著


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