松村と深澤、異なる二色の恐怖が混じり合う戦慄の化学反応『「超」怖い話 壬』著者コメント・試し読み・朗読動画
体験者の肉声を直に聞き記した骨太実話怪談集。
口に含んでから押し寄せる
圧倒的な心許なさ。
ジワリ効く、怪の水!
内容・あらすじ
「池が子を喰らう。
すると、鐘が鳴るんだ。
どこからか…(「騒音」より)
乗ろうとしたエレベーターに自分そっくりの誰かが乗っている…「忘れ物」
山の神と言われた曾祖父が地上げ屋に飲ませた黒い水…「第三の水」
子供が何人も死んでいる神社の裏の溜め池。村に響く鐘の音は…「騒音」
家族が連続死した一家。残された娘がどんど焼きで焼いていたのは…「姉ちゃんだけはまとも」
認知症の症状が出始めた祖母の部屋から聞こえる異音。覗くと祖母は仏壇に向かって…「吸う」
紙と鋏で客の横顔を瞬時に切り抜いてみせる切り絵職人。彼には秘密のコレクションが…「リバイバル」
山道でへたり込む革靴の男。彼が必死に追うのは一体の西洋人形…「腹話術」
自殺した生徒の顔で作った十五パズル。顔を元に戻さないと恐ろしいことが…「パズル」
ほか、収録!
編著者コメント
共著者コメント
試し読み1話
「腹話術」松村進吉
関本氏は日帰りのトレッキングを趣味にしている。
「山ってのは、季節によって全然違う風景になるからね。同じコースを何十回歩いても、飽きることはないよ」
今年で古希、七十歳を迎えるそうだが、背筋は伸びており動作も素早い。
とはいえ若い頃のように歩けないことは自覚していて、現在は月に一度くらいしか出掛けないという。
「登りは平気なんだ。別に何時間だって歩けるし。……問題は下りでね、速度が出やすいからって調子に乗ってホイホイ進んでしまうと、その後が大変」
平常あまり負荷のかからない向う脛の筋肉を酷使することになり、それが夜中に攣って、眠れなくなるらしい。
確かに裏側のふくらはぎではなく、スネが攣ったという経験は思い当たらない。
山歩きならではの弊害なのだろう。如何にも痛そうだ。
なのでできるだけゆっくりと、意識的に速度を落としながら下っていくことが肝要だと、関本氏は言う。
三年前の春先の話である。
ほどなく昼になろうかという時間帯――関本氏はひとり、通いなれた地元の山を歩いていた。自生する二輪草やら銀蘭やらに目を細めながら、下りのコースに差し掛かったところで、ふと前方に座り込む人影に気付く。
おや……、と思った。
四十代くらいの、スーツ姿の男性。
酷く汗をかき、疲れ切った様子だった。
いくら整備された山道でも、足下が革靴というのは不似合い過ぎる。
――よもや自殺をしに来た訳ではあるまいが、目の前を素通りする訳にもゆかない。
関本氏は近くまで行き、立ち止まった。
「……失礼ですが、どこか具合が悪いのですか? 私はこれから降りてゆくので、下に着いたら助けを呼びましょうか」
ハッ、と男性は顔をあげた。
気弱そうな表情。銀行か何かの営業職のようだ。
誰かに連れられてここまで来たものの、革靴のせいで歩けなくなったのかもしれない。
勿論それも、考え難い話ではあるが――。
「すみません。大丈夫です、ちょっと休憩してただけで……」
「足が痛いなら、タオルを差し上げます。靴の中に敷き込むといい」
「いえ、本当に……。それよりも、そちらから登って来られるとき、女の人とすれ違いませんでしたか?」
女の人……? と、関本氏は首を傾げた。
生憎そんな覚えはない。
一本道なので、気付かなかったということもあり得ない。
麓の駐車場からここまでの道中は、およそ一時間。このまま下りの道を進んでゆけば、三十分ほどで別の駐車場に出る。
つまり山の西側と東側、どちらからでも登り始められるのだが、環状コースではないので端まで行ったらUターンすることになる。歩きどおしでも都合三時間はかかる道のり。
この男性はそれを革靴で歩き始めてしまい、どうにか半時間は進んで来たものの、ここで限界になったのだろう。
……やれやれ、と肩をすくめながら関本氏は小さなリュックを下ろした。
そして新しいタオルを取り出し、尚も固辞する男性の胸元に押しつけた。
「いいから、これをお使いなさい。半分に裂いて、靴の中に……」
「――ああっ! ゆ、ユミエさん! ちょっと待ってください!」
突然男性が大声を上げ、関本氏を押しのけるようにして立つ。
仰天し、草むらへ転げ落ちそうになったので、咄嗟に「お、おいッ! 危ないだろう!」と声を荒らげてしまった。
が、男性の視線を追って背後を振り返り、ギクリとする。
ほんの一、二分前に自分が歩いて来た道に、何かが置いてある。
いつの間に。
どこから。
「……なっ、何だ?」
それは、西洋人形である。
座った状態で置かれているが、頭からつま先まで四、五十センチほどであろうか。
ひらひらとレースの付いた帽子をかぶり、エプロン姿。膨らんだスカート。
白っぽい顔。十メートル以上離れているので、細部までは確認できない。
じっとそれを凝視していると、関本氏の首筋にぞわぞわぞわ、と鳥肌が立った。
「何だあれは……。誰が置いたんだ?」
「……もう、見失ったかと思いましたよ! 酷いじゃないですか先に行くなんて!」
スーツの男は顔を顰め、痛そうに足を引き摺りながら人形に向かっていく。
一体何を言っているんだ。
異常だ。
「ま、待て君。待て、おかしい……」
「うるさいッ、放せ!」
関本氏は男の腕を取ろうとしたが、乱暴に振り払われる。
男は歯を食いしばりながら人形に近づき、両手でそれを抱き上げると、媚びるような声で何かを呟きつつ、関本氏の来た道を歩いて行った。
「――で、まぁ、それっきりなんだけども。私は気を取り直して先まで進んで、反対側の登山口で飯を食ってね」
そちら側の駐車場に、車は停まっていなかったという。
あの男は一体何だったのかと思いながら、彼は早々に引き返した。
どこかさほど進まぬ内に、また座っているだろうと思ったからである。
「……でも、いなかったね。もう会わなかった。山の中に入っていったのか、それとも誰かが、反対側の駐車場まで迎えに来たのか。どっちにしろ気味が悪かったし、あの日以来、あそこのコースには行ってないんだ」
話を終えてからやや置いて、関本氏はためらいがちにこう付け加えた。
「勘違いだったのかもしれない、とは思うんだけどね……。その男が西洋人形を抱えて、
トボトボ歩いていくときに――」
人形が女の声で、返事をしていたような気がする、と彼は言った。
当然それは、腹話術の類だったのかもしれない。
頭のおかしい男がひとり二役、裏声で呟いていただけなのかも。
「……ただ、なんか。変ではあったよ。凄く。私は、あんな上手に女の声を出す奴なんて、見たことがなかったから……」
幸か不幸か、話の内容までは聞こえなかったという。
ー了ー
朗読動画
収録話より「ねじ式」深澤夜/著の朗読を公開しております。
著者紹介
○編著者
松村進吉(まつむら・しんきち)
1975年、徳島県生まれ。2006年「超-1/2006」に優勝し、デビュー。2009年から老舗実話怪談シリーズ「超」怖い話の五代目編著者として本シリーズの夏版を牽引する。主な著書に『怪談稼業 侵蝕』『「超」怖い話 ベストセレクション 奈落』など。共著に丸山政也、鳴崎朝寝とコラボした新感覚怪談『エモ怖』がある。twitter@out999
○共著者
深澤夜(ふかさわ・よる)
1979年、栃木県生まれ。2006年にデビュー。2014年から冬の「超」怖い話〈干支シリーズ〉に参加、2017年『「超」怖い話 丁』より〈十干シリーズ〉の共著も務める。単著に『「超」怖い話 鬼胎』、松村との共著に『恐怖箱 しおづけ手帖』がある。