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もう1回調べてもらったほうがいいよ(『僕は、死なない。』第18話)


全身末期がんから生還してわかった
人生に奇跡を起こすサレンダーの法則


18 分子標的薬と引き寄せの法則


 3月下旬、手当てのヒーラー山中さんとはずいぶん親しくなっていた。

 山中さんは最初の気難しい感じはなくなり、彼が経験した様々なことやがんを改善するサプリや食事などを親切に教えてくれた。

「キトサンは身体から化学物質を排出する働きがあるから、摂ったほうがいいよ。安くてシンプルなものでいいから」

「有機ゲルマニウムは細胞を活性化するよ。とても元気になるんだ。他のがん患者さんに教えてもらってね、私も使ってるんだよ」

「クエン酸をミネラルウォーターに入れて飲むといいよ。クエン酸は体内でアルカリに変わるから、がんをアルカリでジャブジャブにしてやるのさ」

「気功はやらないほうがいいね。あれでがんが暴れだした人いっぱいいるから。それからがんを熱で焼き殺すってやつ、ハイパーサーミアっていうのかな、あれもしないほうがいいよ。あれやって急に悪くなった人、何人も知ってるから」

「放射線をやった人に手を当てると、私の手がダメになっちゃうんだ。だから放射線治療をした人はお断りしているんだよ」

 あくまで山中さんの経験の範囲だが、僕にとってはとても重要な情報だった。その中でがん治療最新薬、分子標的薬の話になった。

「僕は分子標的薬使えないって言われたんです」

「そうなんだ。あれは結構効くんだけどね、残念だったね」

「ええ、イレッサは使えないって」

「イレッサ? そう言ったの?」

「ええ、EGFR遺伝子は陰性だからイレッサは使えないって」

「今どきイレッサなんて使わないよ」

「え?」

「今はジオトリフだよ。おかしいね、その病院。イレッサなんて古い薬だよ」

「そうなんですか?」

「それにね、イレッサが使えなくても、ジオトリフが使える場合だってあるんだから」

「本当に?」

「うん、実際にそういう人いたし」

「えー!」

「他のやつは?」

「ALKもダメだと思います。調べてから2カ月半待っても返事なかったし」

「そうだね、ALKは珍しいからね。あれに当たるのはホント、奇跡みたいなもんだよ。でもね、分子標的薬は他にもあるんだよ。ジオトリフのほかにもタルセバとか」

「そんなにあるんですか?」

「そうだよ。そのうちもっとちゃんとしたところで、もう1回調べてもらったほうがいいよ。その病院、信用できないね」

「そうですね」

 そうかよし、機会があったら、もう一度調べ直してもらおう。

 分子標的薬がそんなにいっぱいあるなんて、知らなかった。というか、がんになって初めて知る世界なんだから、知らなくてあたり前かもしれない。でも病院も情報をきちんと伝えてほしい。どんなものがあって、その中でこの薬を使うんだってね。情報を与えられない中で、これにします、これしかありませんって言われると、言いなりにならざるを得ない。そういう意味で、患者として正しく最新の情報を知っていることは、生き残るために必要な能力なのかもしれない。病院を信用しすぎてはいけない。病院と対等に話をするために、新しい情報を得ておくことは大切だ。知らぬ間に治験に回されて実験動物にされてしまうなんて、まっぴらごめんだ。

 その頃、左足のひざに力が入らなくなってきた。おそらく半年以上食事制限をしてきたから、グルコサミンとコラーゲンが足りなくなってしまったんだろう。そう自分に言い聞かす。

 股関節の調子も悪くなってきた。早く歩けない。痛くて地面に足を強くつけない、踏ん張れない。漢方クリニックに行くとき、地下の銀座駅から地上へ出るまでの階段がきつくなってきた。手すりにつかまりながら登る。途中で休まないと、息が続かない。

 喉が詰まるようになってきた。掛川医師が言った通り、水分を飲むと気道に入ってむせる。水分を飲むときはゴクゴクと続けて飲めなくなった。ひと口ずつ、ゴクリ、確認、ゴクリ、確認って感じだ。

 何もしていないとき、いきなりヒュッと気道が閉じて、呼吸ができなくなることもしばしばだ。寝ているときによくそれは起こった。そういうときは慌てずに身体を起こし、胸に手を当てて心を落ち着かせて気道が開くのを待つ。落ち着いていれば数秒で気道は開いた。そしてまた寝る。

 喉の奥がぐぐーっとせり上がってくる感じで、空気の通り道が狭くなるときもある。そういうときは集中して息を通さなきゃならなくなった。呼吸をするのも一苦労だ。

 毎日が谷底にいる気分だった。でも、谷底じゃないと見えない景色があった。僕は今まで自分の力で人生を切り開いてきたと思っていたし、自認してきた。でも、谷底から見ると、それは違った。僕は1人じゃなかった。僕には家族がいた。友だちがいた。仲間がいた。気遣ってくれる多くの人たちがいた。僕は今までそんなこともに気づかずに、自分の力で生きてきたと思い込んでいた。そういう自分が恥ずかしい。みんなの気持ちを受け取っていなかった自分は、なんて小さい人間だったんだろう。

 僕は自分が強い人間だと思っていたが、真実は違った。僕は弱かった。すぐに弱気になる。すぐにネガティブに巻き込まれる。すぐに死神が頭の中でしゃべりだす。弱い、本当に弱い。

 自分が強い人間だと思っていたのは、弱い自分を隠すために作り上げた虚像だった。僕は必死で虚像にエネルギーを投下し、虚像を強化してきた。講師もそう、心理学もそう、ボクシングもそう。それを使って弱い自分に直面しないようにしていただけなんだ。そしていつのまにか、虚像を自分自身だと思い込んでしまったのだ。虚像は弱い自分を守るための鎧でしかなかったのに。そして僕は、虚像の自分を生きていた愚か者にすぎなかった。だからがんになったのかもしれない。

 僕は学んでいなかった。仕事でも講師でもボクシングでも学んでいなかった。何を学んでいなかったかというと、愛を学んでいなかったということだ。がんになって思う。人生はいろいろある。何をやってもいいし、何でもできる。何をやるとかその結果とか、そんなことは全く関係なかったんだ。結局は、つまり、それで自分をどのくらい「愛せるようになったか?」、周りの人をどれだけ「愛せるようになったか?」、それだけ、それだけなんだ。

 僕は打開する方策をさらに講じた。できることは全てやるんだ。生き残るために、やれることは全てやる。

『引き寄せの法則』という本を数冊購入した。引き寄せ、という言葉は以前から知っていたし、そのようなものがあるかもしれないということは何となく思っていた。よし、「がんが治る」という状態を引き寄せるんだ。僕は引き寄せ関連の本を含めて何度も読み返した。

 本には「意図を明確に持つ」と書いてあった。

 意図? 意図なら明確に持ってるぞ。僕は治る。絶対に治る。この戦い、負けるわけにはいかない。治るしかないんだ。そう思っていたし、強い意図を持っていたはず。しかし体調はどんどん悪くなる。これはいったいどういうことなんだろう? まだ足りないのか? もっと意図を強く、強く持つんだ。

 4月になった。ついにあれから7カ月経った。とりあえず、7カ月生きている。治ってはいない。昨晩は胸が重く、苦しくなったが、身体を起こすと楽になった。ネガティブな思いに心が囚われる。朝方は特にそうだ。でも信じるんだ。それを超えて行く力が自分にあることを。

 しかし、本当にトコトン、ギリギリのところまで追い込んでくれるよなぁ。これも自分にとって大切な経験かもしれないけれど、正直キツイ。僕に耐えられるんだろうか? すぐに弱音を吐きたくなる。でも吐く相手がいない。余計なことを言って妻や家族に心配かけられない。弱音を吐く相手がいないということも、いいことなのかもしれない。言葉に出さずにいられるから。

 あと、どのくらい生きられるのか?

 本当に治るのか?

 がんは治ってきているのか、それとも広がっているのか?

 誰か、教えてほしい。

 4月に入って、ボクシングの教え子の1人、長嶺選手が前日本チャンピオンの土屋選手と一緒に会いに来てくれた。僕たちは駅で合流し、近くにあるスターバックスに入った。長嶺選手は、僕が休んでいる間に強敵を連破し、日本ランキング1位にまで登り詰めていた。タイトルマッチも間近だろう。土屋選手は1カ月前まで日本王者だったボクシング界では有名な選手。2人は僕の病状を心配して聞いた。

「刀根さん、体調はどうっすか?」

「ああ、まあまあかな」

「痩せましたね」

「うん、9キロくらい落ちたかな。今はバンタム級(52・1~53・5キロ)だな。減量しないでバンタムになっちゃったよ」嗄れた声でそう言ったものの、すぐにゲホゲホと咳き込む。吐き出した痰は血で染まっていた。

「大丈夫っすか?」

「大丈夫。僕は治るから。僕は自分が治るって確信してるんだ。2人とも、引き寄せって知ってるかい?」僕は本で読んだことをさっそく説明しようとした。

「いえ、わからないです」長嶺選手が答えた。

「実はね、こうやって目に見える机とかコップとかも全部素粒子からできてるんだ」 

「素粒子っすか?」土屋選手が不思議そうにコップを見た。

「そう。素粒子。このコップもすっごく小さなものまで見える顕微鏡で見ていくと、最後は原子になって、さらに見ていくと、もっと小さい素粒子になるんだ」

「なんだか昔、理科で習ったことある気がします」真面目に長嶺選手が答える。

「そんでね、よく見るとね、その素粒子ってくっついてるんじゃなくて、間があいてるんだ。隙間があるんだよ。だから実は物質ってスカスカの空間だらけなんだよ。これは量子力学ではもう普通のことなんだ」

「スカスカっすか?」2人とも不思議そうにコップを見た。

「そう。それとね、面白いことに素粒子ってのはね、現れたり消えたりしてるんだ。ぱっと出てきて、ぱっと消える。だからそういう視点で見るとね、このコップはないんだよ」

「……?」

「それとね、素粒子って観察する人の意志を反映するんだよ。観察する人がこっちに出ると思うとそっちに出る。消えるって思うと、消える」

「はぁ?」

「つまりね、何が言いたいのかって言うとね、僕たちのこの身体もコップと同じ素粒子でできてんじゃん。だから、自分の意図をちゃんと持てば、身体の素粒子もその意図に従うと思うんだ。だから治るって強く思えば、治るんだよ。これが自分の身体の遺伝子スイッチを、オンにするってことだと思うんだ」

「やっぱ気持ちっすよね」2人はうなずいた。

「そうそう、最後はそこだな。それと素粒子の世界はみんなつながってるから、自分の意図に合った出来事が引き寄せられてくると思うんだ。これが引き寄せってヤツかな、僕が思うに」

「なるほど。この勝負、勝つしかないっすからね」土屋選手が勝負師の目になって、力強く言った。

「そう、負けは許されない。だから治るって強い意図を持つんだ。勝つしかないから」

 2人は別れ際に「刀根さんは、絶対に治ると思います」と言った。

 そう、絶対に治るんだ。勝つしか道はないんだ。


次回、「死の覚悟」へ続く

僕は、死なない。POP



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