「5年後も、僕は生きています ⑬ひとり劇場」
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肺癌ステージ4からの生還「僕は、死なない」はこちらへ
⑬「ひとり劇場」
2017年11月2日。
僕は約束どおり会社に行きました。
会社からは、とりあえず11月末の退職は少し延期してもらえることになりました。
まあ、あまりにもいきなりだったので、社長も僕のことを気の毒に感じたのかもしれません。ただしお給料などはもちろん一切ありません。「会社員」という身分だけですね。
また、正式に僕の退職金は休職していた時の税金の支払いなどでほとんど残っていないこと、そして退職した場合は「会社都合」になるとのことを聞きました。
僕としては年明けの1月からの復帰をもう一度お願いしましたが、「考えてみるわ」と言った社長の表情は、なんとなく良くない返事を予想させるものでした。
「次は、12月15日に来てください」
帰り道、僕の頭のにはネガティブな思考が渦巻いていました。
今日の話の終わりころ、社長はこう言いました。
「これは刀根さんにとってもいいことだと思うのよ」
「え? いいこと?」
「ええ、刀根さんには、サラリーマン的な働き方は似合わないと思ってたの。創造力があるし、友人も多いし。刀根さんだったら、一人でもやっていけるわよ」
「はあ?」
「そう、これは刀根さんのためだと思うわ」
僕はそれを思い出して、思わず心の中で毒づきました。
僕のため?
何を言ってるんだ。
違うだろ、自分のためだろ。
そう言って切り捨てようとしているんだろ、魂胆が見え見えなんだよ!
僕は使い終わった電化製品が、廃棄されるような気分になっていました。
さんざん使って、要らなくなったらポイ捨てかよ。
3か月前に癌ステージ4で死にそうになった社員を、こんなに簡単に切り捨てるのかよ!
あのとき(社長がお見舞いに来てくれた時)
「刀根さんの代わりに誰かを雇うとか、そういうことはしないからね。大切な仲間だから」
と言ってくれたあの言葉は、いったいなんだったんだろう?
でも、結局は、病気になって使えないやつは、使えないから、切り捨てるんだろ!
もう信用できない!
心の中で毒づいていると、どんどん気分が悪くなってきました。
僕も中で、ネガティブな思考が走りつづいて、そしてネガティブなエネルギーを雪だるまのように膨らませていきました。
目指していたBeing(在り方)なんて、どこかに吹き飛んでしまいました。
退職金なし。
僕はガンの治療で、貯金を使い果たしてしまった。
貯金無し
ローンはたくさん
私大に通うこどもふたり
すべてが待ったなし。
すぐに生活が行き詰まるだろう。
これからどうやって、生活を成り立たせていくことができるのだろう?
いや、生活していけるのか?
「明け渡し」だ! 「サレンダー」だ!
とどこかで声がしたけれど、
その周波数を全く感じることが出来なくなってしまった僕がいました。
そして、10月27日の月の退職勧告を受けた日から、体調がどんどん悪くなっていきました。
一時は軽くなっていた身体が、まるでガンが全身にあった時のように重く、ダルくなってきました。
11月に入ると、それに頭痛が加わり、頭がズキズキと痛み始めました。
胸の中のチクチクした痛みが強くなり、ズキズキに変わってきました。
右目の視野が前みたいに暗くなってきました。
そして、またコホコホと咳も出てきました。
まずい…。
確実に悪くなっている。
原因はすぐに分かりました。ストレスです。
仕事を失うことによる生活への不安・将来の不安です。退院してからの心地よい心境は、完全に吹き飛んでいました。
どうする?
どうやって生活する?
ガンも治りきっていないのに、この先、生きていけるだろうか?
僕はそのとき、完全にその思考に取り憑かれ、頭の中を占領されていました。
若いとき、一度独立したことがありました。その仕事は結局うまくいきませんでした。
あのとき、仕事がなくてどうしようもできず、河川敷で呆然と流れる川を眺めていたことを思い出しました。
あの、無力感
あの、絶望感
あの、自己否定感
あのときみたいになりたくない、いやだ、絶対にいやだ。
その恐れをさらに増幅させるように、頭の中には怒りが渦巻いていました。
こんな状態の社員を切り捨てるなんて、「ひと」として、ありえないでしょ。
肺癌ステージ4からやっとこさ生還してきた社員を、こうも簡単に切り捨てるのか?
僕が社長なら、絶対にそんなことはしない。逆にその社員が復帰できるように手厚く迎えるだろう。
僕が社長なら…でも残念ながら、僕は社長じゃなかったんです。
そのとき、僕の頭の中を、ガンを宣告されたときみたいに、同じ映像が支配していました。
しかもそれは「事実」ではありませんでした。
それは、僕の「恨み」や「怒り」によってかなり強く歪められたものでした。
社長が言っていなかったこと、社長がしなかったことまで、僕の妄想は勝手に映像を作り出し、それを繰り返し頭の中で「再生」し続け、さらにそれをエスカレートさせていきまいした。
「どうして僕がクビになんですか」
「だってしょうがないじゃない」社長が笑う。
(そんなこと言ってないし、笑ってなんてない)
「笑うな! しょうがないじゃないでしょ。あなたそれでも血の通った人間ですか!!」
「でも規約で決まってることだから、クビはクビなのよ」
(そんなこと、ひとことも言ってない)
「そんなの社長の一存でどうにでもなるじゃないですか、ようはクビにしたいんでしょ、僕を!」
「そんなことないけど、しょうがないのよ、ははは」
(社長は笑ってなんてない)
頭の中の妄想の言い争いはいつまでも続きました。それはきりがなく、延々と「再生」が繰り返されました。
お風呂に入っているとき、歯磨きしているとき、布団に入るとき…
僕は自分が脳内に作り出す「映像」の「再生」に取り憑かれていたのです。
そして、ネガティブエネルギーにどっぷりと浸りきったことで、とてつもない疲労感と怒りの残渣が身体中に残り続け、ぐったりとなりました。
こんなことをしていたら、きっと体が持たない…。
それは分かっているんだけど…
でも、ふとした時にまた同じことが脳内で繰り返されていいました。
そして、2か月ほどたったあるとき、、まるでひらめいたように、ふと気づいたのです。
なにやってんだ、僕は!
こんなことしていても、意味はない!
そう、まったくなんの意味もない!
そう、頭の中で社長と延々と言い争いをしていても、疲れるだけでまったく意味がないことに気づいたのです。
気づいた瞬間、二人の僕が言い争っている姿が観えました。
ひとりは社長に裏切られたと叫んでいる僕
「裏切者!」
「こんなひどい目に合わせやがって!」
そして、もうひとりは社長の役をやっている「僕」だったのです!
二人とも僕だったのです!
自作自演の「ひとり」劇場!
出演:すべて僕
脚本:僕
観客:僕
舞台:僕の脳内
僕は僕の頭の中で社長を演じ、もうひとりの僕はその社長に文句を言い続け、今度は僕が社長になってまた言い返す、そんなやりとりを延々と続けていたのです。
なんて無意味なことしていたんだろう。
頭の中で言い争っても何の進展もメリットもないし、疲れるだけ。
エネルギーの無駄づかい。
これは自爆です。
僕は自分自身の思考の作り出す幻想、フィクションの中で耽溺していたのです!
そうなんだ、これは、自分で作り出していた「苦しみ」なんだ…
僕は自分の頭の中で現実よりもさらにドラマチックに妄想を創りを出し、その自作自演劇場で自ら「苦しみ」を生み出し、さらにそれに燃料を投下し続け、「苦しみ」怒り」「被害者意識」を燃え上がらせ続けていたのです!
「天国も地獄も、自分の中にある」という言葉があります。
そう、すべて「自分」なんです。
いま(2022年2月)、振り返ると分かります。
2017年11月、確かにあのとき、僕の中に地獄がありました。
それは僕の妄想が作り出した地獄でした。
社長はそんなひどいこと言っていないし、そんな冷酷に笑ってなんかいない。それは僕が勝手に作り上げた妄想・フィクションだったのです。
気づけば、「そこ」から抜けることが出来ます。
まずは、自分が妄想・フィクションに囚われていることに「気づく」ことが第一歩です。
そして、「よし、ここから抜けよう」と決めること。
自分の中に作り出した地獄なんだから、自分で抜けられます。
あのとき、どうやったかといいますと…
頭の中で社長と話すのを止めました。
頭の中に社長が出てきて話し始めたら、映像をぶっつり切って、別のことを考るようにしました。そこに燃料を投入するのをいっさいやめたのです。
そうしてやっと、僕はこの妄想から解放されました。
整理しますと、
①脳内のネガティブ妄想に囚われる
②「やばい、ネガティブに囚われてしまっている!」と気づく
③「ああ、これは自分の自作自演だったんだ」と振り返る
④深呼吸したり、身体をストレッチしたりして、思考を停止させる
⑤脳内映像の「再生」が消えるまで④を続ける
⑥脳内映像が完全に消えたら、別の「楽しいこと」「気分が良くなること」に意識を向ける
こんな感じでしょうか。
ネガティブ思考に脳内を占領されがちな方、騙されたと思ってやってみてください(笑)。
なにがしらかの効果はあると思いますよ。
(効果がなかったら、ごめんなさい)
⑭へつづく
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