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自分と向き合い、自分を見つめ、自分を見抜く…自分を知ることが出来た者だけが、次の道へと進むことが出来る…「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第12話

主人に仕える勇敢な猟犬・ジョンが主人や仲間から離れ、「ほんとうの自分」「ほんとうの自由」を探しに、伝説の聖地・ハイランドを目指す物語。旅の途中、多くの冒険、いくつもの困難を乗り越えながら、仲間や師との出会いを通じて、聖地・ハイランドに導かれていく。そして、ついにハイランドへの到達を果たすことになるのだが、そこでジョンが見た景色とは…。

 【第12話】
 

 翌朝、まだ暗く日が昇る前、目が覚めた。僕はすっくと立ち上がると、ブルブルっと身震いをした。


 さて、どうしよう…?


 『赤い魔獣』を避けて、ベレン山に登るしか方法はなさそうだ。そうだよ、楠のそばを通らなければいいんだから。


 『赤い魔獣』はあの楠の辺りを住処にしているんだろう、きっとそうだ。だからなるべくあそこから離れて山に向へばいいんだ。


 遠くに見える楠を背にして、道なき道を進もう。


 歩きながら、昨日の出来事を思いす。


 あの圧力感、威圧感、そして、全てを飲み込むようなあの穴のような目…。思い出しただけでも足がすくむ。僕も今まで数々の強敵たちと戦ってきたけれど、あんなに恐かったことは初めてだった。全く次元の違う“絶対的な強さ”を目の前にした時、自分が情けないほど“ちっぽけ”な存在なんだって突きつけられたって感じ。


 まさか、こんなところに伝説の『赤い魔獣』がいるなんて…なんて運が悪いんだ。


 マフィーが言ってたように、ダルシャは『赤い魔獣』の回し者…?


 僕は大きくかぶりを振って、その考えを吹き飛ばそうとした。


 そんなことはない、あの時のダルシャの目には偽りはなかったじゃないか。死ぬ間際にそんなウソを言ったって仕方ないし…コウザだって…


 でも…、あのガジョでさえ、あっという間にやられたんだぞ…


 ダルシャやコウザは赤い魔獣がここにいることを、知らないんじゃないか?


 赤い魔獣は、最近ここに住み着いたんじゃないのか?
 きっと、そうだ。


 いやいや、違う、知っていたはずだ。
 彼らがこんな大事なことを、知らないはずはない。


 行けば、分かる、そう言っていたじゃないか。
 そう、そして行ったら、赤い魔獣がいた…そういうことだ。


 じゃあどうする?
 戻るか?


 コウザのところに戻って「どうしましょう?」って聞くか? いや、それは違う気がする。


 じゃあ、どうする?
 進むか?
 またあそこへ行くか?


 いやいや、やっぱり避けて行くべきだろう。
 殺されてしまう。


 じゃあ、どの道で行く?
 道なんてないぞ。


 心の中でグルグル同じ考えが回り続けていた。そしてふと気づくと、見上げたベレン山全体があの『赤い魔獣』の威圧感で覆われ、どす黒く、重く、不気味に沈んで僕を包み込んでいた。


 はぁ~っ
 どうしよう…


 ダルシャやコウザはベレン山に行けと言う。しかしそこには『赤い魔獣』がいる。行けば確実に殺される。


 マシューに「殺されてもいい」なんて言ったけど、やっぱりその場になったら殺されるのは恐い。かと言って、戻ってマシューたちと同じような野犬になりたくはないし…ましてやご主人様のところに戻るなんてあり得ない…


 僕の心は右へ左へ、上から下へ、グルグルぐるぐると回り続けていた。当然ベレン山にも登れなかった。なにより、あの重苦しい威圧感が怖くて山に近づけなかった。目をつぶって「魂の声」を聴こうとしても


 怖いよう!
 死にたくない! 


というエゴの声が大きすぎて、その奥から聞こえる『魂の声』がちっとも聞こえなかった。
 そんなことをしているうちに、僕はベレン山のふもとを五日間もグルグルとさ迷っていた。


 五日目の夜、僕は疲労困憊して眠りについた。特に激しく動いていないのに、すごく疲れていた。しばらくウトウトしていると、突然、声が聞こえた。


 「よう、ジョン」


 驚いて周囲を見渡すと、誰もいない。でも、声は聞こえる。

 
 「お前さん、どうしたいんだい?」
 聞き覚えのある声だ。


 「あっ、ダルシャ! ダルシャなのか?」
 僕は飛び起きた。
 その温かみのある声は、ダルシャの声だった。


 「なぜベレン山に行かないんだ、ジョン」


 「あそこには『赤い魔獣』がいるんだ。行ったら殺される。どうしていいか、分からないんだ…」


 「ほう、そうか、『赤い魔獣』か…。そいつは大変だな」
 他人事のように答えたダルシャの声を聞いて、僕はカッとなった。


 「なに言ってんだよ! ガジョやマフィーたちはお前の話でここに来てヤツに襲われたんだぞ。知ってたんだろう! ガジョは死んだんだぞ!」
 ダルシャの声はゆっくりと答えた。


 「それは、あいつらが選択したことだ」


 「選択~?」
 僕は語尾を上げて、挑むように聞き返した。


 「選択も何も…あの『赤い魔獣』だぞ、相手は!」


 ダルシャの声はそれに答えずに、ゆっくりと静かに言った。
 「ジョン、いいことを教えてやろう。これをやるかやらないかはお前さんの自由だ」


 「なんだよ」


 「お前さんは今、“恐怖”と“不安”に囚われている」
 うん、確かにそうだ、ダルシャの言うとおりだ。


 「今のその状態がお前さんが感じていたい“ほんとうの自分”だと感じたなら、そのままそれを抱えて生きろ。それがお前さんのほんとうになる」


 「僕の…ほんとう…?」


 「しかし、それが…それを感じながら生きている自分自身が“ほんとうの自分じゃない”と感じたのなら、その“ほんとうじゃない自分”と向き合うんだ。逃げてはいけない」


 「向き合う…?」


 「そうだ、逃げれば逃げるほど“恐怖”と“不安”は追ってくる。いずれ、それにつかまって、そのほんとうじゃない自分が、ほんとうの自分に入れ替わってしまうんだ」


 「…」


 「ジョン、勇気を出せ。自分と向き合い、自分を見つめろ。そして見抜くんだ。ほんとうじゃない自分と対決するんだ。道はそれしかない。自分を知ることが出来た者だげが、次の道へと進むことが出来る」


 そう言うと、ダルシャの声は闇の中に消えていった。
 僕はもっとダルシャの声と話がしたくて聞き耳を立てたけれど、もう何も聞こえなかった。
 


 翌朝、目を覚まして昨晩のことを思い出した。


 あれは夢だったんだろうか?


 自分と向き合い、自分を見つめ、自分を見抜く…
 自分の“恐怖”“不安”と向き合って、対決する…


 ほんとうじゃない自分と向き合って、対決する…
 自分を知ることが出来た者だけが、次の道へと進むことが出来る…


 何回も何回も、心の中でつぶやき続けた。
 そして、目を開けた。


 「行くしか、ない」


 僕は、光輝く朝陽の中を、覚悟を胸に、巨大な楠に向かって歩き始めた。

第13話へ続く。

僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。



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