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バカほど受けた瞬間

昔から人を笑わせることが好きだった。
それは自己防衛のための手段でもあったのだろうけど、小三の頃に友人相手に駅のホームで「腹踊り」をしたところ大問題が起きた。

上り列車との入れ違いで停車していた下り電車の中に居た人達が

「むむ!少年がなんだか面白そうなことをしているぞ!」

と一人降り、また一人降り……と続き、僕は非常に顔が可愛かった為(非常に顔が可愛かった為 ※大事なのでダ・カーポである)、たかが腹踊り如きで笑いのハードルが著しく下がってしまい、見物人が集まる騒ぎとなってしまった。

中でもおばちゃん達や女子高生達がやんややんやと騒ぐのでつられにつられた人達が押し寄せてしまい、たちまち僕は人垣に囲まれた。

挙げ句の果てには向かいのホームに上り列車が到着しても騒ぎは続き、下り列車に戻らない乗客のおかげで電車は二十分近く遅延したのだ。

これは当時大変な騒ぎとなり、腹を出してうへへへへ!とお調子をぶっこいていた僕は翌日には学校、鉄道会社、新聞記者から様々な説教や詰問を受けることになる。

それがあまりにも深刻な事態になったのでそれ以降、身体を張って笑いを取るのはヤバいことになる!というのを学んだ。

ではどうやって人を笑わせたらいいのか?
それは言葉で笑わせれば良いのだと気が付いた。
テレビだってみんな何やら大人達がくっちゃべって人を笑わせている。
よし、これを見習おうと思った。

当時流行していた「ごっつええ感じ」、兄が好きだった「夢で逢えたら」、「ボキャブラ天国」、etc
お茶の間でも学校でも、僕らの娯楽の中心は常に笑いにあった世代だったと思う。

僕は成長するにつれて中二病をクソで塗り固めたような少年になった。
笑いを取るのも斜に構えて「ぼそっと」皮肉を言ったり突っ込んでみたり、いわゆる陽ではなく陰な笑いの取り方をするようになる。

タイミングを見計らってクラス中をドッ!と笑わせる瞬間が何よりも気持ち良く感じていたし、中二の終わりの頃には本気で漫才師になりたいと思い台本を書いてクラス一の陽キャとコンビを組んで実際に漫才を披露したりした。

なので小説よりも先に出会って書物をしたのは漫才の台本ということになる。
今も薄っすらとその片鱗は文にあるのかなぁと思うし、基本的に人生はコメディだとも信じている。

大人になると自然とエネルギーが向かう先は笑い以外のものとなって行き、中二病をクソで塗り固めたような僕は「大人」という処方箋を使いながら中二病を上手に抑え込めるようになった(気がする)。

そんな大人になったある夏の出来事である。
今からまだ数年前の出来事で、それは記録的な猛暑日だった。

茹だるような暑さに耐えつつ、片頭痛持ちの僕は常用しているロキソニンを買いにドラッグストアへ入った。

ひんやりと心地良いクーラーの風にホッとしつつ、頭痛薬コーナーへ進んで一目散にロキソニンを掴み、レジへと向かった。

行列にはなっておらず、すぐに会計が始まったその途端である。

「おげええええ!きええええええ!おまえらは全員私が殺してやる!殺してやるうううう!!」

突然の絶叫に僕も店員も他のお客さんも、声の方向に振り返る。
その声の主は髪がバッサバサに伸びた女性だった。殺すだの呪うだの叫びながら店内に侵入して来て、激しく手をバタバタとさせていた。

なんというか、ハリウッド・ザコシショウみたいな動きでキエエエエ!と絶叫しながら歩いて来たので、そのまんまハリウッド・ザコシショウなのであった。

ただエンターテイメントではないザコシはガチであり、ガチであるということはヤバいのだ。何かされるのではないかと不穏な空気が店内に張り詰めた瞬間、女は叫びながらドラッグストアを出て行った。

しん、と静まり返った店内。
そっと目を合わせて申し訳なさそうに僕を見るおばちゃん店員。
その途端、僕はおばちゃんを和ませようと外を指さして、こんな言葉をぼそっと言った。

「まぁ……暑いですからね」

その次の瞬間、静まり返った店内に大爆笑が巻き起こった。
店員さん達は「やだぁー!もう!」とゲラゲラ笑いながら互いを叩き合い、お客さん達は「だって暑いもんねぇ!」と笑い合う。

全くもって予想外の反応に僕は困惑しつつ、さっさとお金を払ってロキソニンを手にドラッグストアを後にした。

どんな瞬間に笑いが生まれるのか本当に分からないし、後にも先にも知らない人達があんなに一斉に笑う経験をしたことはなかった。

今日は炭酸水を買いに行くために外へ出た。
帰って来てから目的の炭酸水を買って来ていないことに気が付き、厚揚を手にしながら「マジかよ」と自分の不手際に声を漏らして笑った。

当然だけれど他に笑う人間は誰もいなかったが、自分のアホさ加減がほんのり少しだけ楽しくなった。

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