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【小説】 ピエロは泣いてる? 笑ってる? 【ショートショート】 

 良く晴れた日曜日。伊豆までドライブに出かけていた僕らはサービスエリアの車内で、子供達に風船を配るピエロを眺めている。
 サイダーを一口飲んだ助手席に座る佑平が、こんなことを僕に尋ねてきた。

「なぁ、ピエロってなんでいつも笑ってんのかな?」

 アイスコーヒーをホルダーに戻した僕は、少し引っ掛かる所があって反論した。

「いや、ピエロっていつも泣いてるんじゃないの?」
「え? 見ろよ、口元笑ってんじゃん」
「違うよ、目のところを見てみなって。泣いてるじゃん」
「いやいや、口は笑ってるだろ」

 風船を配り続けるピエロに僕らの声は当然、届いていない。
 奇抜な衣装で、風船をもらって喜ぶ子供のリアクションに大袈裟におどけてみせたり、風船をもらわなかった子供の背中には袈裟に悲しんでみせたりと、何だかとても忙しそうだ。

「口は笑っていても、やっぱり泣いてるんだよ」

 僕はそう思った。ピエロは心ではいつも泣いているんだ。
 彼の理解者は、周りにきっといないんだろう。ずっとひとりぼっちで、友達もいない。だからあぁいう派手な格好で人目を引いて、自分を見てもらう以外にコミュニケーションの取り方が分からないんだ。
 ピエロは悲しい人生を送っているに違いない。
 けれど、佑平は首を小さく振りながら鼻で笑った。

「いいや、違うね。奴はいつも心の底で人を小馬鹿にして、笑ってやがるんだ」
「なんでそんな捻くれてんだよ」
「だってさ、考えてみろよ? あんな派手な衣装を着てさ、変なメイクして。どう考えてもまともな訳がないだろ。おどける姿を人に見られることできっとゾクゾクしたりする、変態サイコパス野郎に違いないんだよ」
「いやいや、そんな大した奴じゃないよ。あぁでもしなきゃ人に認めてもらえないって思い込んでる、可哀想な奴なんだよ。友達だっていないんだ、きっと」
「可哀想じゃないだろ。「こんな馬鹿な格好とメイクをしてる俺を見て、こいつら笑ってやがる。この程度で笑えるお前達のオツムが、俺には笑えるぜ」っていう、顔してるって」
「泣いているのにそんなこと思うかな?」
「だから、笑ってるんだから思うんだよ」

 そんなことを話していると佑平の彼女の美樹がドアを開け、後部座席へ戻って来た。

「お待たせー。トイレすごい混んでてさ、まいったまいった」

 カフェラテをホルダーに置いた美樹に、佑平が声を掛ける。

「なぁ、ピエロって笑ってると思う? それとも、泣いてると思う?」
「ピエロ? あのピエロさん?」
「そう、あのピエロ」

 美樹は運転席と助手席の間から顔を出して、じっくりとピエロを見つめ始めた。少しだけ細めた目の睫毛が、とても長くて綺麗だった。
 顔を引っ込めた美樹が、カフェラテを手にとって答えた。

「自分の芸を見てもらえて、しかも喜んでもらえて、嬉し泣きしてるんじゃないかな?」

 嬉し泣き。
 その答えは、佑平のものとも、僕のものとも違っていた。 
 ピエロはいつの間にかタップダンスを始めたようだ。彼を囲んで手拍子を打つ子供達や大人達。その誰もが、とても楽しそうな顔を浮かべている。

「なるほどね。やっぱり、美樹は見る目があるな」
「でしょ?」

 佑平に褒められた美樹が嬉しそうに笑う。その柔らかな姿にほんのまだ少しだけ、心の底の傷が疼くのを感じる。

「答えが出たところで、行きますか」

 僕はエンジンを掛けてゆっくりと車を発進させる。
 ピエロが少しずつ遠くなって行き、やがて駐車場を行き交う車や人混みの奥へと消えて行く。

 佑平と美樹が楽し気な会話を始める横で、いつか自分がピエロだった時のことを思い出す。
 それを吹っ切るように、僕はアクセルを踏み込んで合流レーンを駆けて行く。

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