見出し画像

【小説】 おばけがでるぞ! 【ショートショート】

 O町の片隅に立つ廃倉庫には、夜な夜な幽霊が出ると噂されていた。
 その幽霊は世にもおぞましい風貌で、青い顔はやつれ、目は落ち窪み、血塗れの作業着姿で庫内をさまよっているのだという。

 これを町おこしにしようとO町の町長が発案し、キャンペーン期間を決めて幽霊捕獲イベントが催されることになった。
 動画や写真を収めた方は町内で使えるお食事クーポン券五千円分プレゼント! という大盤振る舞いで、町民のみならず町の外からも大勢「幽霊ハンター」が訪れ、倉庫付近には露店まで出る賑わいをみせた。

 あまり騒がれると幽霊の方も多少気が引けてしまうのか、多くの町民やハンター達が訪れたのだが、一向にその姿を現すことがなかった。
 幽霊は撮影されないままキャンペーン期間は終わりに差し掛かり、やがて盛り上がりも下火になってしまうのであった。

 しかし、最終日前夜に事件は起きた。
 O町河川敷の違法建築物件に暮らす文梨(もんなし)和夫・富士子夫妻がクーポン券の噂を聞きつけ、あることを思いつくと夜の倉庫に身を潜ませたのである。

「よし、母ちゃん。どうだ?」
「うんうん、おばけに見えるわよ。バッチグーよ」
「作業着もどうせ拾いモンだし、これで五千円ならラッキーだぜ」

 夫妻は「やらせ」写真を撮り、それを町に提出して五千円クーポン券をゲットしようと画策していたのである。
 半生にしたベビーパウダーで顔を塗りたくった和夫はペンキで赤染した作業着姿で倉庫の隅に立つと、富士子はフィルム枚数の少なくなった「写るんです」を彼に向け、シャッターを切った。

「父ちゃん、もっとうらめしい顔しなさいよ!」
「う~ら~め~し~やぁ~……どうだ?」
「そんな間抜けヅラの幽霊なんかいる訳ないでしょ!?」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
「田中のクタびれジジイに餌場取られた時のこと、思い出して!」
「あっ! あんのジジイ……畜生! 今思い出しても腸煮えくり返って来やがる! 俺に殺される前に勝手に死にやがって、何が心臓発作だ、馬鹿野郎!」
「そうそう、その意気よ!」

 小さな庫内にカメラのフラッシュが焚かれると、倉庫の外から威勢の良さそうな若者集団の声が聞こえて来た。

「今、ピカッて光ったんじゃね!?」
「マジじゃん! おいスグル、バット持って来い!」
「幽霊だか妖怪だか知んねーけどよぉ、調子こいてんじゃねぇぞコラァ!」

 その声は徐々に数を増して行き、そのうち「ブォン! ブォン!」という小蠅が密集したかのような数台のバイク音も聞こえ出す始末。

 和夫はベビーパウダー塗れの間抜け面を富士子に向けながら、声を震わせて「どうする?」と救いを求めた。
 しかし、あることを思い出した富士子はその痩せ細った顔を蒼くさせた。

「ここ、出口が一個しかないのよ……」
「なんだって……!?」

 これはマズイ、と慌てたものの時すでに遅し。自分達よりも有名になりつつある幽霊を、血気に逸った若者達はバットを片手に「幽霊なんかぶっ殺してやる!(既に死んでいる、という常識は彼らには通用しない)」と叫びながら庫内の入口まで迫って来ていたのだ。

 硬く冷えたコンクリートをカンカンと叩くバットの奏でるハーモニーに身を震わせながらも、和夫は一か八かの賭けに出た。
 若者達が庫内にオラオラと入ってくるや否な、和夫は白目を剥きながら叫んだ。

「うらめし、やぁ~!!」

 竹槍でB29を落とすような無謀なチャレンジであったものの、やはりそれが通用することはなかった。
 ほんの束の間呆気に取られた若者達であったが、幽霊が顔を白く塗りたくった人間の、それも相当な年のオヤジだと分かるとすぐにバットを振り上げた。

「なんだこのジジイ! おい、やっちまおうぜ!」
「そこのババアも一緒だ。覚悟しろよ、テメェら!」

 これは、殺された。仕事もろくにせず、税金は納めず、親の葬式にも呼ばれなかった俺だけれど、そこそこ良い人生だった。
 愛する富士子と死ねるならば、これ幸い。
 足元に縋りつく富士子が「あんただけ死んでよね!」と懇願するのをよそに和夫は覚悟を決め、目を瞑った。その矢先であった。

 バットを振り上げて猛進して来た若者達が、一斉に腰を抜かしてその場にへたり込んでしまったのである。

「うわっ、わっ! うわぁぁぁぁあ!」

 彼らはみんな顔面蒼白で、パニックを起こしていた。ずいぶんと血に飢えていそうな若者達であったが、尻餅をついたまま後退して行くと、誰一人残らず倉庫を後にしてしまった。
 何が起きたか分からない状況の和夫が、鼻水を垂らしながら足元の富士子に目をやる。

「一体……ど、どうしたんだ?」

 和夫を見上げていた富士子が目線を下ろし、そっと灯りのない庫内を眺めまわす。
 すると、あるものが倉庫の隅に立っているのが目に入り、富士子は人生史上最高レベルの金切声を上げるのであった。

「ぎぃぃぃいいいやぁぁあああああああ!」

 その声に肝を冷やした和夫であったが、富士子の視線の先をたどり、それを見つけるとやはり和夫も野太い悲鳴を上げるのであった。

「うっ、うわああああああああああああ!」

 心の底で「本物」の幽霊が居るのだとばかり思い込んでそっと目を向けただけに、そのショックは測り知れないものがあった。
 恐怖に慄いた二人は「写るんです」を庫内に忘れたまま、震えてもつれる足を前に前に出しながら必死の走りで倉庫を後にした。

 それから数日後。

 キャンペーン期間が終わってやっと静かになった倉庫に一人の幽霊ハンターがやって来た。
 それらしい収穫はなかったものの、放置されたままのフィルムカメラに気が付くとこれはラッキーだと言わんばかりに拾い上げ、バックに収めて倉庫を後にした。

 現像して幽霊でも映っていればオカルト雑誌に持ち込んでいくらかは収入の足しになるだろうと思いながら、彼は自前の現像室の隣で珈琲を飲みながら写真が出来上がるのを待った。
 風呂に入り、猫がプリントされているお気に入りのパジャマに着替え、ひと眠りする前に出来上がった写真を確かめる。

 数枚は河川敷の風景や誰かも分からない夫婦らしき人物、釣った魚の写真が続いていたが、あの倉庫内らしき写真に目が触れると自然と手は止まった。

 ふざけて撮ったのだろう、顔を白く塗りたくったオヤジの写真に辟易としながら、目的のものが映っていないかつぶさにその目で写真を舐め回し始める。

 この写真には何も写っていないようだ。そう諦め、次の写真を捲った瞬間だった。

 それはあからさまに幽霊ではない、別のものであった。
 有り得ないはずのものがL判一面にはっきりと映し出されているのを見て、幽霊ハンターはあまりの恐怖の為に失神してしまうのであった。

サポート頂けると書く力がもっと湧きます! 頂いたサポート代金は資料の購入、読み物の購入に使わせて頂きます。