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【小説】 パンチングマシン、襲来 【ショートショート】

 今から数十年も前の話しだが、とんでもない目に遭った経験がある。
 しかも、誰に話してみても一切信じてもらえない意味不明な体験だ。

 かつて、ゲームセンターに「パンチングマシン」という筐体があったのはご存知だろうか?  
 その名の通り己のパンチ力を測るゲームで、殴る力が強ければ強いほどステージがどんどん進んで行くというものだ。今思えば、あれが現実のアナログと架空のデジタルが手を組んだゲームのハシリだったのだろうか。

 私達はそれまでロクに運動もして来なかった軽音楽部の集まりで、素行は悪かったものの腕っぷしにはあまり自信がなかった。

 学校帰りに立ち寄ったゲームセンターでパンチングマシンブームが起こり(男子には特に理由もなく飽きては捨ててを繰り返す、こんなブームメントが多々ある)、なんとか先のステージへ進めないものかと仲間達と思案し始めた頃だった。 

 それまでステージ3までしか進めなかった私達だったのだが、その日はたまたまラグビー部大将の賀川という男が居合わせた。

 賀川の顔は怒り狂ったオコゼのようで、身長190センチもある巨男には力以外に取り得はなく、私達は「こいつなら」と、彼をパンチングマシンへ誘った。

「おおう? なんだ、このマシン。とにかく、ぶん殴ればいいのか?」

 袖をまくって腕をぐるぐる回す賀川に、私達は「さっさと殴れ!」と、力いっぱいの声援を送った。
 ステージ1。彼は助走もつけずにパンチを繰り出したのだが、その音はまるで爆発音のように喧しく店内に響き渡った。余りのパンチ力にゲーム筐体がカタカタと小刻みに揺れるのを見て、私達は大いに盛り上がった。

「賀川すっげぇ! さすがラガーマンだな!」
「こんなん、朝飯前だでぇ! おい、おめぇら! クリーヤーしたら大盛ラーメンおごれよぉ!?」
「おごる訳ねぇだろバカ! ほら、ステージ進んでるぞ! さっさと殴れよ」

 私達は轟音を店内に響かせながら軽々と最終ステージまで進んだ賀川に、「さっさとやれ」「早く次のステージ見せろ」「カッコつけんな、おせぇんだよバカ」などなど、数々の賞賛の言葉を浴びせ続けた。

 やがてラスボスにまでたどり着いたのだが、ここまで来ると賀川も本気のようで、これでもかと助走をつけてダイナマイトを破裂させたかのような大迫力のパンチを筐体に叩きこんだ。

 結果、見事クリアを果たして私達は夢のエンディング画面を見ることが出来たのであった。

 おごることは約束していなかったものの、トッピングだけはおごってやることにして、私達は学生向けの「質より量」の激安ラーメン店へ向かうことにした。

「B組の前川明日香ちゃんってさ、めっちゃ可愛くね?」
「えぇ? あの女エンコーしてるって噂だぜ」
「お、おではさぁ! C組の原田さんがタイプだで!」
「マジかよ、あのダンプカーみたいな女? おまえらお似合いだよ、結婚おめでとう」
「そ、そうかぁ!? でへへへへ!」

 そんな下らない話しをしながら仄暗い住宅街に差し掛かった辺りで、ガラガラとアスファルトを転がる音が背後からして来て、私達は立ち止まって振り返った。 

 ここからが肝心な体験した出来事なのであるが、私達が振り返って目にしたものを、どうか信じて欲しい。

 振り返った路地にゲーム映像の切れたあのパンチマシンの筐体が、街灯に照らされて佇んでいたのである。

「え?」

 私達はいつの間にか背後に迫って来ていたパンチングマシンを、一体誰がこんな所まで移動させて来たのか分からず、辺りを見回してみたものの、人の姿は私達以外に見当たらなかった。

 そうやって呆然と立ち尽くしていると、なんとパンチングマシンがこちらに話し掛けて来たのだ。

「おい、テメェらのせいで画面が切れちまったじゃねぇかよ。どうしてくれんだ、コラ?」

 パンチングマシンはしゃがれまくったヤンキーボイスで、パンチを受けるミットを上下にバタバタとさせながら、私達に迫って来た。

 恐怖に震えた私達は、一斉に逃げ出した。
 背後からはガラガラ、バタンバタンという音が絶えず聞こえてきており、ラーメン屋へ行くことは諦め、四散して家に帰ることにした。

 さらなる問題は真夜中に起きた。 

 あの喋るパンチングマシンは一体何だったのだろう、そう思いながらベッドの中で寝ようかどうか微睡んでいると、窓の外からガラガラ、バタンバタン、という音が聞こえて来て、私はそっと窓の外を覗いてみることにした。
 
 まさかと思うとそのまさかで、あのパンチングマシンが我が家の回りを非常にゆっくりとした速度でうろついていたのである。 

 少しだけ窓を開けると、家の前に差し掛かったパンチングマシンが動きを止め、なんとゆっくりとこちらを向いたのである。

「見つけたぞクソガキコラァ! あのラグビー野郎の家どこだよゴラァ! 教えねぇと殴らせねぇぞコラァ!」

 パンチングマシンはガタガタと左右に揺れ、その怒りを露わにしていた。

 一瞬恐怖で慄いたものの、よくよく考えてみれば相手は完全な受け身であることに気が付いた。
 いくら脅されようが何を言われようが、相手は何も出来ないのである。 

 それに、どこの世界に「殴らせねぇぞ」などという脅し文句があるのだろう。
 冷静になった私は、夜半過ぎの住宅街で喚かれることをクソほど迷惑に感じ、話しをしてみることにした。

 そうっと階段を下りて玄関を開けると、家の前にパンチングマシンが佇んでいた。どこからどう見ても、パンチングマシン以外の何者でもなかった。

「おう、出て来たか。根性あんじゃねぇかよ」
「はぁ……で、なんですか?」
「テメェ、どこ中だよ!?」
「は? 天乱高校ですけど……」
「高校生かよ、ケッ。西中のクラッシャー花田って知ってっかよ?」
「いや、知らないっす」
「なんだよ、パンピーじゃん。テメェ、パンピーじゃん!」

 そう言って、パンチングマシンは何やら嬉しそうに左右にガタガタと揺れ始めた。その音に辺りの家では灯りがポツポツと点き始め、私は慌てた。

「あの、用件言ってもらっていいですか?」
「おう。あのラガーマンのせいで画面が点かなくなったんだよ」
「はぁ……故障ですか?」
「そうだよ。どうしてくれんだよ、あぁ?」
「どうしてって……逆にどうして欲しいんですか?」

 パンチングマシンは私の問いに答えを詰まらせた。何の要求もなく、私達を追い掛け回し、賀川を探し当て、それから先はどうするつもりだったのだろうか。

 何かしらの回路がイカれたのだろうかと考えていると、パンチングマシンはようやく答えを見つけたようで、早口で言った。

「タイマンやりてぇ」

 タイマンをやりたい。そうか、そうだったのか。
 私は一方的にやられるしかないことを理解したうえで、賀川に携帯で連絡をし、パンチングマシンと会話をしてもらうことにした。

「良い根性してんじゃねぇーか! 今から襲いに行くからよぉ、覚悟キメとけよこの野郎!」
「お、おめぇなんかぶっ壊してやっから、早く来いよ! わはははは!」
「ナメた口利いてんじゃねぇぞテメェ! クビ洗って待ってろよ!」

 電話を終えると、パンチングマシンはガッタンガッタンと左右に揺れながら(怒り肩のつもりだろうか)、賀川の家の方面へ向かって行った。

 翌朝。学校へ行くと、私達の仲間に囲まれていた賀川が嬉しそうにこちらに向かって手を上げた。

「おう、賀川! 無事だったか!」
「アイツ、おでの父ちゃんにぶっ壊されてやんの!」
「え? 父ちゃんとタイマン張ったのか?」
「あんまりにも来るの遅くで、おで寝ちまったんだけどよ。朝方に家の前で騒いでたみてぇで、ぶちキレた父ちゃんがハイエースで撥ね飛ばしたんだ! わははははは!」
「あぁ……そう。で、アイツはどうなったの?」
「おう! 父ちゃんの知り合いの鉄屑工場に持っていかれたど! おかげで、ラーメンいっぱい食えるど!」
「そうなんだ……」

 ほんの少しだけパンチングマシンが可哀想な気もしたが、私はこんな体験をしたことが事実、あったのである。
 この奇天烈話の証人は、今や私だけになってしまった。
 次から次へと不慮の事故に見舞われ、あの賀川でさえも屋上から身投げをするという、彼らしくない形で命を落としたのである。

 ほんの回顧のつもりで書き始めてみたものの、中盤あたりから外から響く音が実に喧しく、乱文になっていないか非常に気になる所だ。

 重たい金属を物を引きずるような、鈍い音だ。 
 その音が家の外をぐるぐると回っていたのだが、今しがた意識した途端にピタリと止んだ。

 実は先述した彼らの死に関して実は疑問点が多々あり、それを今から書こうと思う。
 しかし、音の正体が非常に気になるので、まずは外に出て確認するとして、ここで筆を止めておくことにする。


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