朱が呼ぶ 第二章“実家”

朱が呼ぶ 表紙

職場に遠方に住む祖父母が亡くなり大変世話になった人であり母だけでは手に負えないことを話すと、仕事に関しては事前に準備していた甲斐あって手順書をもとにあとは何とかすると上司が言ってくれた。
あとは飛行機などの移動手段だったが、あいにく今はお盆時期でどこへ行くにも一苦労だと職場の同僚が有紗を憐れんでいたことを思い出す。
最悪、いくつか乗り継いででもたどり着かねばならないと覚悟を決めていた。
インターネットで空き状況を確認すると諦め半分だったのだが、ちょうどいい日程で開いている。しかし帰りの便は予定通りにはいかず埋まっており、とりあえず余分に休みは貰っているからと急いで行きの便だけ取ってしまった。
そして空港まで送ってくれるという麻里へ車中でここまでの経緯を話すと、麻里は前と同じように言葉に詰まりながらも帰省することを認めてくれた。以前感じた気味の悪さを紛らわすかのように冗談っぽく飛行機のチケットを簡単に取れたことを話すと麻里は驚いたような顔で車を止め、そして酷く悩むように苦しい表情に変わった。
「ねえ、麻里…気のせいだったらいいんだけど、この前も…」
「有紗、…こんなことを言うと有紗の不安な気持ちを余計に強くしてしまう気がするんだけど、何かあった時私もきっとずっと後悔してしまうから…言うね。この前話したときに…ほんとは私有紗の背中に黒い影があったのを見たの、でも有紗が実家のことで苦しんでたことも私知ってたから…どうしたらいいかわからなくて言えなかった」
有紗の知らないところで麻里はすごく悩んでいた。帰省を止めるべきか止めないべきか、もし遠方で何かがあっても自分は助けに行くこともできない。せめて有紗の助けにつながるようなものが麻里に見えているのならば、それだけは伝えようとしてくれていたのだった。
「…飛行機のことも、私多分ただの偶然なんかじゃないと思うのよ。だってそんなのありえないじゃない、急に決めたのに都合よく空席があるなんて。しかも帰りの便はしっかり埋まってるなんて、…私心配よ」
どうしたらいいかわからないと言う麻里に、有紗は自分自身も嫌な予感がしていることを打ち明ける。しかし、祖父母だけでなく次は友人たちにまで何かがあったらそれこそ一生後悔すると今度は迷いなく話す有紗に麻里は毎日連絡することと何かがあったら隠さず相談することを約束させて、故郷へと有紗を送り出したのだった。


実に8年ぶりの故郷は日々目まぐるしく変わっていく東京と違って静かで、有紗がいたころと全然変わっていなかった。変わっていないからこそ、昔の記憶を鮮明に呼び起こし嫌悪感を蘇らせてしまう。
駅から実家への道も、何も変わっていない。自分を足止めするようなものも一切なく、あっという間に実家の前まで来てしまった。
少しも変わっていない実家の外観も、きっと祖父母が生前まできれいに整えていたのだろうなと思いを馳せる。この建物の中に、母がいる。そう考えると自然と手は震え、足はすくみ中々家に入れない。
しかしずっとこのままではいつか近所の人に見つかってしまうだろう。そうなると余計面倒なことになってしまうと深く深く深呼吸を繰り返し、玄関の扉を開けるとそこには有紗が居たのに気付いていたかのように母が立っていた。
「ただいま」と緊張と恐怖から掠れた声で有紗が言うと、母はにっこりと笑って出迎える。
「おかえり、有紗ちゃん。久しぶりね、元気だった?」
目を合わせられず返事も返さずただ頷いて有紗は未だ残されたままだという自室へ荷物を運ぶ。その際も母は後ろからついてきて、きれいになっただの寂しかっただのずっと話しかけてきて喜びを隠せずにいるようだった。
このままでは荷物を整理するのはあとだろうと、乱雑に荷物を置いて真っ先に祖父母に手を合わせなければと仏間へ入る。先祖の写真の横に並べられた祖父母の写真は、自分が見たころより随分と痩せてしまっていた。
葬儀に出られなかったこと、会いに来られなかったことを手を合わせて詫びる。今更話をしたかったなんて、都合がよすぎて言えないがその考えが余計に2人に会いたかったという想いを募らせる。仏壇を見ると、写真も飾られており花も添えられてキレイには整えられているようで、見たところすでに納骨まで済ませていたようだった。
「納骨まで終わってるんだ…、お墓参りにも行きたいんだけど」
仏壇の前から離れない有紗が気に食わないのか背後でずっと立ったままの母に声をかけると、母から今まで浮かべていた笑顔が消える。
「ああ、そう…墓参りね。まだお墓には…2人は今預かってもらってるのよ」
「預かる?何それ…納骨堂とか、そういうこと?」
歯切れの悪い母を訝しげに見つめる。正直、納骨堂でもいいから場所を教えてほしかった。
「そういうところでもないのよ。…さ、疲れたでしょ。今お茶入れるからね」
母は勝手に話を切り上げるとそそくさと仏間を出ていってしまう。混乱したままの有紗は慌てて母のあとを追いかけて必死に訴えた。
「そういうところでもないって…じゃあどういうこと!?2人をどこにやったのよ!」
母は何も言わずにまたあの笑顔を浮かべて祖父母のことではなく有紗のことや今までのことを話し続けながらお茶を入れている。有紗がどれだけ訴えても騒ぎたててもそのことについては何も言わない、有紗の言葉など少しも聞こえていないかのように。
「今度お祭りがあるのよ、だからゆっくりしていきなさい」
そして聞こえていないどころか、まったく関係のないことを言い出す始末。有紗は母の異常さに狼狽え仕事をするから来ないでと言い残し逃げるように自室へと戻り、すぐに友廣と充希に連絡する。

事情を知った2人は、そこに居るのも嫌だろうからと有紗の想いを汲みいつも遊んでいた公園で直接会って話そうと提案。有紗は二つ返事で快諾し準備をすると、リビングに居る母にちょっと出てくるからとどこに行き誰に会うかなどの目的は話さずに家を出ようとするが、母は焦った様子で根掘り葉掘り聞こうとしてくる。怪しむような視線を向けると、あまり不審がられたくないのか強くは引き留めてこなかった。
そして見慣れた公園には直接会うのは久しぶりである2人がすでに待っていて、しばらく再会を喜ぶ。
落ち着いたころに、お互い今まで調べたことを報告しあうことにした。
有紗は友人に忠告されたこと、祖父母の遺骨がないがその在り処を教えてもらえなかったこと、そして自分が帰ってからの母の様子を話す。
充希は、以前話した女の子の両親がこの前とは一転して楽しげに娘のことを話し、時折いつ帰ってくるか…などの不可解な発言を聞いたこと。友廣は、朝家を出た母のあとをつけると噂通り山中にある空き家へ入っていくところを見て、きれいに手入れされた空き家には複数人の気配がしたことを改めて説明する。
どこにあるのか分からない有紗の祖父母の遺骨、女の子の両親の不可解な発言、複数人が出入りする空き家。
当人に聞くのが一番早いが、帰ってきてからの母の奇妙さを聞くとそれは危険すぎる気がするということになり、もし見つかって怪しまれても久しぶりに帰省した有紗と3人で思い出の地巡りをしていたと言い訳ができることから3人で空き家付近へと行ってみることにした。

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