🇰🇭ドライバーの告白@シェムリアップ2005
シェムリアップのゲストハウスの窓から身を乗り出すと、そこはジャングルのようだった。
「何しに来たんだっけ」
そうだ、ここはアンコールワットが有名な街だった。すっかり忘れていた。
ゲストハウス前で私は一人の男性バイクタクシードライバーと目があった。彼の名前はトム(仮名)
「アンコールワットを見たいんだ」
トムはにかみながら「OK」と言う。
そこからトムの後部座席に跨り、アンコールワット観光が始まった。
アンコールワット、というのは一番メインの寺の名前がそれであるだけで、広大なジャングルにいくつもの寺院が点在している。
いつでも約束の時間と場所で待っていてくれた。「さあ、次の場所へイキマショウ」片言の英語で伝えてくれる。
「観光は何日デスカ?ワタシをあと1日ケイヤクしてくれれば、明日はマーケットとかショウカイできますよ。」
トムは信用できる
インドシナのタクシードライバーは頼んでもないのに、妙な仏像が売られた雑貨屋とか、アーモンドを剥くだけの工場とか頼んでも無いのに連れて行き、最後には「チップ、いっぱいお世話シタヨ」めんどい。
トムから全く邪気を感じない。
「明日も頼む」私は翌日分のドライバー料を支払った。トムははにかみながら「アリガトウ」と言った。
「少し木陰でヤスミマショウ」トムは言う。
私達はベンチに二人腰をかけて休む事にした。もうアンコールワットも周り尽くしたし、帰ろう思った矢先にトムから唐突にこう言われた。
「私はゲイなんです」
タイではおかまもゲイも多いし、日常に溶け込んでいるので特にショックは受けなかった。トムは続けた。
「カンボジアではゲイの肩身は狭いデス」
一度頭の中にアンコールワットで見かけた艶やかなレリーフ象を浮かび上がらせて冷静になってみた。もう少しトムの話を聞いてみた。つまりはこう言う事だった。
「カンボジアにもゲイはいる。でもタイと比べると差別がある。だからタイ人がうらやましい。タイに行きたい。助けて欲しい」
もう一度アンコールワットのレリーフ象を思い浮かべながら冷静になってみた。
(無理だ。私は何もできないや)
トムにやんわりと告げた。「ソウデスカ…」落胆するトム。「気にしないでクダサイ。カンボジアとタイはチガウ。それだけ言いたかったんデス」
確かに気の毒な話だ。タイの溌剌としたおかまや溌剌とまでいかなくても自信を持ったゲイ達と比べると悲しそうだ。
その時、事が起きた。
「あ、汗がツイテますよ」
トムは私の頬を伝う汗を指で拭ったのだ。
「…」
もう一度レリーフ象を思い浮かべた。落ち着け、落ち着くんだ。
「トム、か、帰ろうか」
我々はゲストハウスへ戻った。
「明日も、ムカエにキマスネ」
トムははにかみながら言う。トム、ごめんな。私は多分、明日君との約束を破って出かけてしまうかもしれない。
ーータケシ
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