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進化心理学のすすめ②(心と社会のミスマッチ)

進化心理学のアプローチ

進化心理学のアプローチは次のようなものだ。

人類の歴史をざっと見ると、約200万年前にホモ・エレクトスが登場し、現生人類(ホモ・サピエンス)は約30万年前に出現した。ホモ・エレクトスも含めると狩猟採集生活を営んできたのは約200万年間(約10万世代)で、その間に生存と繁殖に適した特性(遺伝子)を持つ個体が結果として生き残った。そのため私たちの特性はこの狩猟採集時代の生活環境に適したものとなっている。

農耕が始まったのは約1万年前(約500世代前)で、現代の大規模な社会生活が始まったのはほんの数百年前(数十世代前)。この程度の世代数では、遺伝子に大きな変化は生じにくく、人間の基本的な特性は狩猟採集時代と変わっていない。これが現代の生活とのミスマッチを生じさせている。進化心理学はこのミスマッチに着目して人のさまざまな感情や心の反応のメカニズムを探る。

遺伝子と進化

進化は非常に長い時間をかけて進行するものだが、農耕の始まり以降も乳糖耐性などの遺伝的変化が見られるように、一定の進化は起こっている。しかし、社会的環境は変わっても、基本的には人間の生理的・心理的特性は狩猟採集時代と大きく変わっていない。

典型的なミスマッチの例として、現代に肥満が増えている理由がある。人間が合理的であれば必要以上に食べなければよいだけだが、我々の「本能」はそれを許さない。冷蔵庫にケーキがあれば「早く食べちゃえ」と囁く悪魔(本能)の声に悩まされ、食べるまで他のことに集中できない。

これは、食料を貯蔵することができなかった狩猟採集時代において、食料にありつけたら可能な限り食べるよう「本能」が命じていたからと考えられている。食べ残しても明日には腐敗しているかもしれないし、他の動物に奪われているかもしれない。食べられるだけ食べた個体が生き残ったのである。

現代の肥満は、高カロリー食の容易な入手と運動不足が主因とされている。進化心理学的には、飢餓のリスクに対する適応が過剰摂取を促していると考える。将来的には、肥満によって生存率が下がれば、いずれ食べ過ぎない遺伝子が主流になるかもしれない。実際に肥満の鳥(空を飛ぶ鳥)はほとんど存在しない。それは食べ過ぎて飛ぶことができなくなった個体は淘汰されてきたからだと言われている。ただし、進化に期待するのは現実的ではなく、我々を苦しめるミスマッチがなくなる見込みはないのである。

人の心をつくった「集団」

集団(生活)は人類の生き残りのために非常に重要な戦略であった。集団に属していた人間だけが結果的に生き残った。互助は人間にとって最強の生存戦略だったのだ。たとえば、食べ物の貯蔵ができないとなると、毎日食料を見つける必要があるが、集団で分け合う戦略を取ると日々食料にありつける可能性は格段に上がる。また、集団で連携して獲物を獲ったり、外敵に対して集団で対抗したり、情報の共有や世代を超えた伝達を行ったり、集団で子供を育てるなど個体では不可能なことが可能になった。

したがって狩猟採集時代の人間にとって、集団に属していることは今日の我々が想像するよりもずっと重要であった。生存のための必要条件だったのだ。ゆえに集団に属さないという選択はなく、集団から排除されそうな兆候があると敏感に感じ取り、フリーライダー(役立たず)や秩序を乱す存在は皆で排除したのである。

今日、我々が孤独を恐れ、仲間外れにされると不安になるのはこのためだと考えられる。「一人では生きていけない」とよく言われるが、それはその通りで、貯金があって食うに困らなくても、本能(遺伝子)が許さないのだ。一人になると、不安になったり、病気になったり、結果として早死にしたりするのである。

今日的な「集団」のミスマッチ

狩猟採集時代の集団は、血族を中心とする生存と繁殖のための集団で、生まれた時から属しているものであった。顔も名前も性格もお互いによく知っている集団であり、今日の学校や職場といった集団とはかなり意味合いが異なる。ここに環境と本能のミスマッチが生じている。

中世の村落共同体までは従来の集団の性格をある程度は残していたと思われる。集団が変化して人間関係が急拡大したのは現代に至ってからだ。名前も顔も知らないメンバーがいる大きな集団に私たちの遺伝子は慣れていない。定期的なクラス替えや転勤で所属する集団と人間関係が変わることにも私たちの遺伝子は慣れていない。知らない人に会う時の体の反応(緊張感)がそれを示している。

集団の中で生きていくことは、高度な状況の把握力や対応力が求められる。グループメンバーを識別し、どのような人間かを把握し、自分に対してどんな感情を持っているかを読み取ることが必要となる。社会生活が難しいのはこのためだ。

進化心理学は、人の感情や心の反応に焦点を当てる。他者からの評判や他者との比較による不安、自覚のないマウント行為、制御できない敵対心や嫉妬心など。このような感情や心の反応はなぜ起こるのか。次回からはそれら一つ一つが生ずるメカニズムと今日の集団とのミスマッチを探っていきたいと思う。

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