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ブロック座(ショートショート)

 その昔。まだ世界中が、永遠に終わらない夜に包まれていた頃。
 夜空はおもちゃのブロックでできていた。
 人々は当時、とにかく娯楽に飢えており、何か遊ぶための道具が無いだろうかと、世界中を探し回っていた。

 そんなある日。旅の商人が次の街を目指して、歩いていたときのこと。
 道の脇の茂みに、何かが落ちているのを見つけた。
 拾い上げてみるとそれは、一個のブロックだった。
 一体なぜこんな場所にこんなものが。商人は不思議に思い、周囲を見回してみた。するとどうだろう。
 頭上はるか彼方。夜空の一部分がほんの少しだけ欠けていることに気づいた。どうも、その欠けた部分の形が、今しがた拾ったそれに似ているらしい。
 きっとこのかたまりは、空から降ってきたのだ。商人はそう考えた。
 当時の彼らはまだ、ブロックの存在を知らなかった。そのため彼は、手に持ったそれをためつすがめつ、眺めた。

 不思議なかたまりを持っている商人の話は、あっという間に世界中に広まった。それを一目見たいという人たちが後を絶たなかった。おもちゃのブロックはこの世界でたった一つだけ。その珍しさから、商人からそれを奪おうとするものが現れ始めた。
 彼はしばらくの間、様々な街を転々とし、なんとか捕まらないようにと隠れながら生活を続けた。
 そんな日々もいよいよ終わりを迎える。
 商人の居場所が突き止められてしまったのだ。彼は最後、砂漠地帯にある小さな街の中に身を潜めていた。
 見つかり、追いかけられ、逃げる商人。砂漠の砂に足を取られながら、それでも逃げ続ける。
 どうにか、近くのオアシスまでたどり着いた。
 砂漠に住む人々にとってオアシスは本来、命を繋ぐために大切なものだ。けれど、それがあることで道が塞がり、逃げ場を無くしてしまった商人。その澄んだ水の前で倒れ込んでしまう。
 そのかたまりをよこせと迫ってくる人々。ブロックを胸に抱えながら、どうするべきかと周囲を見回す商人。
 ふと、オアシスに映る自らの顔と、その後方に浮かぶ夜空の星に目が行った。
 水面に映る夜空は、一部分が欠けている。
 このかたまりをオアシスに放り込んで、夜空に返してしまえば、もう誰も自分のことを追いかけて来ないのでは? 商人は思い付く。
 彼は抱えていたそれを、一思いに放り投げた。
 水面は、ぽちゃんと音を立てて、波紋を広げる。それが消えていくと同時に、ブロックは夜空に戻った。
 安堵のため息を零す商人。けれど、それと同時に異変が起こった。
 ブロックを戻したはずの部分から、空が崩れ出したのだ。

 はじめ人々は、とても混乱した。
 夜空が崩れ、その奥から今まで見たことがないほどの眩しさの光が漏れ出したからだ。
 その光をじかに見たものは、しばらくのあいだ視力を失った。
 降ってくる無数のブロック。剥がれれば剥がれるほど、眩しくなっていく空。
 やがてすべてが剥がれ落ち、世界を太陽が照らしたころ。
 人々の目もその眩しさに慣れ、何が起こったのかを理解した。夜空が降ってきたのだ、と。
 足元に散らばっている、夜空のブロック。これにより、自らの家が潰れてしまった者もいた。
 人々はやがて、空から降ってきたかたまりは、簡単に繋ぎ合わせることができると気づく。また、分解することも容易だ。
 いつしか彼らは、夜空のブロックを使って自分たちの家を作るようになった。
 商人は追いかけられることが無くなり安堵。彼を追いかけていた者たちも、珍しくもなんともなくなった夜空のブロックに興味を示さなくなった。

 空が崩れ落ちた日以降、世界は昼と夜を決まった間隔で繰り返すようになった。
 なぜ今までは、世界中を夜空のブロックが覆っていたのか、どんな理由やどんな仕組みでそうなっていたのか。知ろうとするものは当時、誰もいなかった。

 商人がオアシスに落としたブロックは、他の夜空のブロックとは異なっていたのか、今は夜空にひとつだけ残り、輝き続けている。

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