ウェーブメロン(ショートショート)
海中で育つメロン。いつしかそれは、波の輝きを吸い込んで生長するようになった。
波の光を吸い込んだメロンは、特有の網目が、波のように揺れるようになる。
その実をパッカリ開くと、薄緑の、空想世界にある月光のような淡い光が漏れ出す。
しばらくの間、それは光を放ち続けるため、食後のデザートとして楽しむ間、間接照明として使うこともできる。
***
「わ、結構まぶしいね」
彼女は目を細めながら言った。僕は隣でその気配を感じながら、答える。
「確かに、思ってたより眩しい」
のどの奥をしめるように声を出す。
部屋の照明を消している。明かりはベランダの向こうの街からのものと、いましがた割って開いた、ウェーブメロンのものからの二つだけ。
***
彼女が友達から聞いて来た話。ヒュッゲ、というのをやろうと言われた。
「ヒュッゲ?」
「そ、ヒュッゲ。何か、リラックスする時間とか、そのための行動とか、そういうのをヒュッゲって言うんだって」
「ふうん、ヒュッゲ……」
僕はスマホで検索する。
どうやらヒュッゲというのは、デンマーク発祥の文化らしい。
居心地のいい場所、楽しい空間、とかそういう意味らしい。
部屋の照明を消して、ロウソクだけで過ごしてみたり、コーヒーや紅茶を入れてみんなで話したりする時間のことをそう言ったりするらしい。
「いいね、楽しそう」
話があった数日後、注文したロウソクが届いた。早速それを開いて、テーブルを飾る。一足先に仕事が終わった僕は、彼女からの仕事後の連絡が来るのを待つ。夕飯もこちらで一緒に食べるとのことだったので、僕が適当に作ることにした。正直、料理ができる人の言う適当とは、全く別物の適当なので、あまり期待はしないで欲しい。
そして夕食ののちに準備をしておいたのが、ウェーブメロンだった。
これを買ったのは初めてだったけれど、少し前から気になっていたものだ。
このメロンは、実を切ると柔らかい光を放つらしい。
その明かりがどんなものか見てみたくて、買ってみた。
「わ、結構まぶしいね」
「確かに、思ってたより眩しい」
部屋の照明を消していたのもあるのだろうけれど、目がその眩しさに順応するのにしばらく時間を要した。
目が慣れてくると、景色が先ほどまでとは全く別のものになっていた。
もちろん、いつもの部屋の中であることは変わりないのだけれど。
メロンからの光がまるで、洞窟の中に隠された地底湖のようだ。
誰にも見つからない場所で、その神秘的な光に包まれている。そんな感じ。
天井に届いた光は、穏やかに波打って、規則的な動きを繰り返す。
「綺麗だね、これ」
彼女の声は、天井の方を向きながら、やがて僕の頭上に降ってくる。
「ね、すごい」
想像をはるかに超えるその綺麗さに、僕もそれ以上の言葉を発せないまま、静まり返る。
僕らの呼吸は、空想の波の音に合わせて静かに重なり合う。
部屋の外はすべて眠っている。
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